タール砂漠の青い鳥
幸せの青い鳥という話をご存じだろうか。
ベルギーの劇作家メーテルリンクの書いた戯曲で、チルチルとミチルという貧しい木こりの兄妹が、幸福の象徴である青い鳥を探す旅に出るという筋書きだ。子供向けの童話かと思えば含蓄に富む寓意が散りばめられていて、大人が読んでも楽しめる。
結局旅先では青い鳥は見つからず初めから家にいたというオチで、幸せとは実は身近なところにあるのだ、という趣旨の話としてよく語られる。
ドストエフスキーは作中人物をして「人間の不幸とは唯自らの幸福を自覚せざりし所に在り(注1)」と語らしめ、パスカルは「人間の不幸といふは唯部屋に粛然として居る能はざることに発す(注2)」と述べている。
東洋には知足、すなわち「足るを知る(注3)」という言葉が、一種の訓戒としていにしえより伝わる。古今を分かたず東西を隔てず、人とは「ここにないもの」を求めてしまう生き物らしい。
特に宗教者や芸能民、商人などといった人種は、遙か昔から、それぞれの目的のため故郷を離れ、国を行き交い暮らしてきた。その代表的な集団の一つがジプシーである。
「ジプシー」は差別語として扱われることも多く、メディアでは代わりに「ロマ」という言葉を使う。一般に、近代的な社会制度に組み入れられるのをよしとせず、欧州では「乞食」や「盗人」の代名詞にもなっているロマだが、その本来の面目が躍如するのは芸能の世界だ。
メリメが原作を書き、後にビゼーがオペラの傑作に仕立てた「カルメン」、サラサーテ作曲のバイオリン独奏曲「ツィゴイネルワイゼン」など、ロマをモチーフにした芸術作品は枚挙に暇がない。
ところが、そんなロマの起源が実はインドにあることを知る人は少ない。サンスクリット語をはじめとするインドの諸言語とロマの用いる言葉が近似していることや、近年の遺伝学的研究から、ロマの母集団はおよそ千五百年前に北西インドからバルカン半島に移住してきた一群であるということが明らかになった。
北西インドのラジャスターン州に位置するタール砂漠に、ロマと起源を同じくするカルベリヤという蛇使いの一族が暮らしている。カルベリヤの男は笛を吹いてコブラを操り、女はその横で舞を舞って家々を巡り、門付けをして生活する。
グラビ・サペーラは、カルベリヤ族出身で唯一国際的知名度を得た歌手・ダンサーだ。彼女がフランス人のギタリスト、ティエリー・ロビンと録音した歌に、『プンデラ』と題す民謡がある。その言葉はマルワーリ―語といって、北西インドに住む同名の民族が用いる地方言語だが、筆者がインターネットで得た英語訳を日本語に直して紹介しよう。
プンデラ、愛しい人よ
異郷に旅立って行く君を
ぼくがあれほど止めたのに
君はお金のためと聞かなかった
ここには父が、
母が、兄妹が
君を愛するぼくがいる
君の望む幸せは
ほんとはここにあったのに
君は戻ってきた
二度と帰らぬ姿となって
きみのいない世界を
どうして生きていけるだろう
プンデラ、ぼくの愛しい人よ
ロマの音楽よろしく、曲はアコーディオンのソロから始まる。ミュートしたギターが小気味良いリズムを刻み、フラメンコのような手拍子が加わる。
グラビの少ししゃがれた声は、砂塵舞うタール砂漠の茫洋たる景色を想わせる。独特な小節回しは青天に翻る鳥のように自由だ。曲が半ばに差し掛かると、突如ギターソロが始まる。ロマやアラブの人々に交わって音楽を磨いたティエリーの奏でる旋律は、西洋音楽とは一風変わった豊かな情感を湛えている。
筆者はこの曲を聴く度に、不思議と救われたような気持ちになる。歌詞は悲痛だけれども、曲の調子は決してそうではない。長和音を基調にしており、リズムは軽やかだ。ギターの音色は、まるで天上の音楽であるかのように、優しく流麗に響く。
思うにこの矛盾は、編曲したティエリーの、ひいては演奏する二人の曲解釈に由来する。二人には、己が同類である流浪の民への深い共感があるのではないか。青い鳥を追わずにはいられない人の愚かさに向けられた、母のようなまなざしが。
注1:『悪霊』第2編第1章の5より、キリーロフの台詞
注2:『パンセ』断章番号139より
注3:元は『老子』上篇第33章にみえる言葉