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はるくんのちいさくておおきな冒険

はるくんと、お届け物を渡しに、電車で3つ先の病院まで。と書くと、なんてことのないように思えるのだけれど。

最寄り駅まで徒歩20分(ありとあらゆる段差をのぼってジャンプをするので、当然20分なんかでは着くはずもない)。電車は大好きなのでまあいいとして、駅から病院までも徒歩5分で往復10分(当然10分なんかでは…以下略)で、一番怖い帰りの駅から家までの徒歩20分(当然…以下略)。この道のりをベビーカーなしで行くのは初めてなのだ。

一体どのくらい時間がかかるだろう。きっと帰りの電車の前におひるごはんになるだろうから、もしかしたら帰り道は眠くなっちゃうかもしれない。なに、そしたら帰りの徒歩20分はずっと抱っこ?うそ、むり!登り坂もあるのに!

…私ひとりならなんてことのないおつかいなのだけれど、はるくんと2人で、となると途端にそれは「チャレンジ」となり「冒険」となる。


やってみればなんてことなく、行きの徒歩も、病院までの道のりも、そう脱線することなくよく歩き。途中で出会ったおねえちゃんと仲良くなって置物のリスにどんぐりを食べさせたり、広場の池に棒をつっこんでさかなつりをしたり(さかなは枯れ葉)とたくさん遊んでうれしそう。マクドナルドで大好きなえだまめコーンを食べ、帰りには普段なかなか乗れないバスにまで乗って(その手があった)とにかく終始ごきげんで、大満喫。

たっぷりと時間を取り、はるくんのペースで、したいことをしながら、決して焦らなければ、たいていのことは大丈夫なのだった。そうだった。


そんなはるくんにも、ちょっとドキドキすることがあった。電車の座席に初めてひとりで座ったのだ。いつもはベビーカーかおひざに座っているのだけど、電車はガラガラで座席がいっぱい空いていたので、ちょっと座らせてみたの。

そこは一番はしっこの席。連結部分に近いところで、はるくんがはしっこ。座らせてあげると黙って座っていたのだけれど、ふと私を見上げると、不安そうな顔で「おてて、ちゅな、して」。

見ると反対の手はしっかりと窓枠をつかんでいる。まるでしがみつくように。そうか、こわいのか。


まだ出発前の電車だから、揺れているわけでもないし、周りに人がいるわけでもない。でも、乗り物に乗る時に「たったひとりでそこにいる」ということは、そういえば今までなかった。すぐ隣には私がいるし、ベビーカーに乗っている時は手はつないでない。でもベビーカーを押さえていた。はるくんにとって「私とのつながり」がないのは初めてだった。私に所属して、ではなく、「じぶんで」というのは初めてで。

手をつなぐと、きゅっと握り返すちいさな手。両手で、しっかりとつかまって、緊張の面持ちでじっと前を見つめてる。「じぶんででんしゃのおいすにすわる」は、はるくんにとって、「チャレンジ」で「冒険」だった。


私はその横顔を見て、たまらなくなった。私がいつもなんてことなくしていることが、こんなにもはるくんの胸をドキドキさせていることに。ちょっとこわいのをぐっとこらえながら、がんばっているその心の中を想像すると、たまらなかった。

思わず、その手を写真に撮ってしまった。窓枠と私の手をしっかりとつかむ、小さなおてての写真。他の人が見ても、一体なんの写真だかわからないだろう。カメラロールにはそんな写真がいっぱいある。私だけが分かる、忘れたくない一瞬の写真が。


最初に書いた私の「冒険」は、大丈夫かな、ぐずったりしない?最後まで歩いてくれるかな?と「心配」で出来ていた。それに比べてどうだろう。はるくんの「冒険」の純粋なこと。未知に対面して、こわいけれど、やってみようとその中に飛びこんでいく。全身で感じる、新しい体験。

はじめてのことがいっぱいのはるくんは、これからもたくさん、こんな体験をこんな思いをしていくんだろうな。そう思うと胸がきゅっとなる。もし今から私もこんな体験を重ねていくとしたら?私にはとても耐えられそうもない。はるくんのほうがずっと心が強くて勇敢だ。

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