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始まりを告げるエピローグ

「これから1年5ヶ月先まで」と聞くと、そんなに通えるかなって不安がよぎらなかったわけではないけれど、挑戦せずにはいられなかったのです。

1年5ヶ月、月に1度、東京へ易の64卦を学ぶために通いました。広島の自宅を出て、会場到着まで片道5時間。新幹線の往復と宿泊、受講費、1年5ヶ月分あわせてーなんて、野暮なことは言うまい。
冷静に考えるとなかなかです。

1年5ヶ月もあれば、疲れている日もあるし、なんとなく気分が乗らない日だってある。忙しすぎて、オンラインにしようかなって日もある(交通費と宿泊費の節約にもなる)。それでも、できるだけ現地に行って、あの場に座って聞くことを私は私に求めました。
どうしても調整がつかず1日だけお休みさせていただいたけれど、その他の日程はすべて現地で参加しました。

何かやってみたい、挑戦してみたいと思うとき、やりたい気持ちは本当なのに、できない理由はいくらでも出てくるものです。もちろん現実的にできないって事態はあるけれど、できるための工夫や調整を含めての挑戦です。

私は広島で講座の主催もしています。
全国からたくさんの方が、大都会でもない地方の町まで通い、1年5ヶ月の学びに参加してくださっています。それぞれの事情があって大変な中で、それでも学びたいと選んで挑戦してくださった方々と同じ気持ちを味わって、大変だけど楽しい!を感じたかった。自分の願いは自分で叶えていくことを、口だけではなく同じ姿勢で体現したかった。私の勝手な想いです。


64卦の学び最後となる日。それは奇しくもこやま先生がこの易を仕事にして生きていくと決め、東京に出てきた12年前の今日でした。
奇しくもと書いたけど、易学的にいうと、それはもうずっと前から決まっていた必然だということになります。私たちは予定通り、この日、この場所に、居合わせたのです。

易経63番目の卦は「水火既済(すいかきさい)」、64番目の卦は「火水未済(かすいびさい)」と言います。既済、未済という漢字が示すように、易経64卦のストーリーは最後から一つ前の63卦目で完成させ、最後64卦目ですべてをひっくり返して未完成で終わります。私はこの64の物語の終焉に、いつも心が震えるのです。

すべてわかった、すべてやり切った、すべてを手に入れたとして、それを幸せに思いますか?私たちは、わからないからこそ、まだやることがあるからこそ、生きていけるのではないですか?
もしかしたら、クリアできそうでクリアできないから、人生というゲームは面白いのではなないでしょうか。まだできない、でもいつかクリアできるというポテンシャルを残して終わっていく易の巧妙な仕掛けに、私は唸ってしまいます。

終わったと思ったら、また新しい64のストーリーを刻むために始まりの一に戻っていく。私たちが、途中で生きる意欲を失ってしまわないように、自然の理は仕組んだのかもしれません。美しくて儚くて、でもやっぱり面白い易という学問に、私は魅了され続けています。

こやま先生が人生をかけて挑んだ易。
それを私は受け取りました。
12年前に勇気の一歩を踏み出したこやま先生と、12年後に限りある講座の中で64の物語を紡ぎ終えたこやま先生。その人生の在り方に、心からの尊敬と感謝をこめて。

本当にありがとうございました。

くるくると螺旋のように巡る今を感じながら、新たな始まりの一に戻って、私の物語をこれからも綴っていきたいと思います。

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