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《連載小説》全身女優モエコ 芸能界編 第十一話:華の乱
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だがその時突然三日月エリカが大勢のお供を連れてやってきた。彼女はドアのそばに立っていたモエコをガン無視して部屋の中に入ろうとした。それを見たモエコは彼女の前に立ちはだかって注意した。
「三日月エリカ、何やってるのよ!あなた一番後に来たんだからモエコの後ろに並びなさいよ!それが芸能界のルールってものでしょ?」
このモエコの発言にその場にいたものは一斉に凍りついた。若手ナンバーワンの人気女優で父は財閥の御曹司であり、母は銀幕の大スター岸壁洋子である超サラブレッドの三日月エリカに対して堂々と喧嘩を売ってしまったのだ。猪狩は以前モエコと三日月が豪快にバトった稽古スタジオの悪夢を思い出してゾッとした。ああ!やはりモエコと三日月を会わせてはならなかったのだ。三日月は氷のような目でモエコをしばらく睨みつけた後、何故か猪狩に向かって話しかけた。
「ねぇ、あなた。ここはペット禁止でしょ?ましてや、あなたが連れて来てるのはペットじゃなくて家畜よ。あなたこんなうるさい家畜を連れてきてどうするつもりなの?早く養豚場に引き渡しなさいよ。こんなブサイクな家畜さっさと解体されればいいんだわ!」
猪狩は三日月の言葉を聞いて全てが終わりだと思った。ああ!三日月がもっと早く来ていればこんな事態は避けられたのに。怒りのモエコは誰にも止められない。自分じゃ無理だ。せめてみんな逃げろと呼びかけるしかないと慌てたが、しかしモエコは何故かブチ切れなかった。みるとなんとモエコは両手で頬を摘んで懸命に自分を抑えていたのだ。猪狩は今あの時のモエコの自らの頬を力一杯摘んで怒りを抑える姿に、彼女が死んだ後しばらくしてから連載がスタートした某バスケ漫画の名シーンを重ねた。
『いや……そうじゃねえ……アイツは全身女優になっちまったのさ……』
三日月エリカは頬を摘まんでいるモエコを放って楽屋のドアを開けた。彼女は中にいた女優を楽屋の外に叩き出した。どうやら彼女は海老島の愛人女優の一人であるらしかった。彼女を叩きだした三日月は笑顔を作って再び楽屋に入り異様に高い声で挨拶した。
「まぁ、叔父様いつもお元気で何よりですわ。でも、元気すぎて楽屋でおいたはいけませんことよ。大体なんですの、あのババアは!叔父様だったらあんな貧乏な女優よりもっとマシな女がいらっしゃってよ!」
「相変わらずエリ坊は毒がきついやね。お嬢ちゃんなのに言うわ言うわ。そんなとかぁお母さんそっくりだぜ。ところで洋子はまだパリかい?」
「そう、ママはずっとパリですわ。来年に帰ってくるんじゃないかしら。エリカ楽しみですわぁ!」
三日月はそう言うとクルクルと回り出した。その三日月に向かって海老島は言った。
「そりゃ楽しみだぜ。なぁ洋子に俺が日本に帰ってきたら酒一緒に飲みたいって言ってたって伝えといてくれよ」
「まぁ、叔父様ったら、まだママを口説く気でいるの?呆れてしまうわ!エリカに取り継いでもママは絶対に叔父様に振り向きませんからね!」
海老島は三日月の言葉に笑ったが、すぐに真顔になって彼女にこう尋ねた。
「ところでエリ坊、お前火山モエコって事知ってるか?」
「叔父様、火山モエコがどうしたんですの?」
三日月がこう答えると、海老島はいきなり扇子で床を叩いてこう怒鳴った。
「その火山モエコが挨拶にこねえんだよ!普通新人なら真っ先に俺に挨拶にくるもんだろうが!なのに今になっても挨拶にきやしねえ!畜生、人をバカにしゃがって!今日の撮影どうなるかわかってんだろうな!」
三日月はそれを聞いていたずらっぽく微笑んで言った。
「ああ!叔父様をそんなに怒らせるなんて、その火山モエコってのはとんでもない女だわ!でも叔父様。エリカ、実はその火山モエコって女を少し知ってますの。いや、あれは女じゃなくて豚の雌でしたわ。その火山モエコって雌は山に囲まれた肥溜めだらけの村で飼われていた豚なんですの。ホントならそのまま養豚場で焼肉にされていたはずなのに、何故か東京まで逃げてきたんですの。あの雌、ど田舎で初めて会ったエリカに向かって獣そのまんまの声を上げて襲ってきましたのよ。そして東京でまた会った時はなんとエリカを殺そうとまでしましたのよ!叔父様お願い。エリカをこれ以上命の危険に晒さないで!叔父様のお力であの豚を肥溜めに沈めて!」
三日月エリカの話はモエコに筒抜けであった。彼女は三日月の話を聞いて怒りのあまり身を震わせた。こんな屈辱を浴びて耐えられぬものか。モエコの怒りは火山のように激しく噴出した。猪狩は楽屋に飛び込もうとするモエコの肩を掴んでやめろ!と叫んで抑えたが、モエコは私をボコボコにして強引に海老島と三日月のとこらに乱入した。
「誰がブタだって!三日月エリカ!今度という今度はもう許さないわ!お前なんかこうしてやる!」
モエコらそう叫ぶと楽屋に置かれていた花束を手に取って三日月を殴りつけた。三日月も仕返しにと花束でモエコを殴りつけた。
「ブタだと言ったのが何が悪いの!お前は元々焼き豚になる予定だったじゃない!今すぐあのど田舎にかえりなさいよ!ドナドナドナドナでも聴いて泣きながら帰るといいんだわ!」
モエコと三日月が花束で叩き合ったせいでそこら中に花びらが舞ってしまった。その花びらが舞う中、二人の少女は憎しみに駆られるまま花束で互いを叩いていた。火山モエコと三日月エリカ。この二人の花びら舞う中殴り合う姿まるで映画のワンシーンであった。この後に女優として大輪の花を咲かせる二人が、今相手の花びらを散らさんとして花束で懸命に相手をたたいている姿は圧倒的に美しかった。猪狩も、騒ぎを聞いて集まったスタッフも、そして彼女たちによって自分の楽屋を荒らされている海老島さえ、我を忘れて二人に見とれた。しかし、海老島はふと我に返り、楽屋の惨状を見て激怒して二人を思いっきり怒鳴りつけた。
「この馬鹿野郎が!人の楽屋でなにやってんだ!」