長編小説の効率的な使用法

　古い友人に再会した。僕は友人に再会した瞬間奴の姿を見て思わず笑ってしまった。歳月ってのは人をこんなにも変えてしまうものかと思った。きっと奴も僕を見て心の中で笑っていただろう。「いやぁ、ほんとうに老けたものだなぁ」と。

　僕らは再会の印にビールを注いだ。まずジョッキをカチリと当ててから思い出話や互いの近況を語り合った。不思議なことに二人とも独身だった。互いにモテないわけではなかったがこれも運命さと自嘲して苦笑しながらビールをチビチビとやった。それから僕は奴に今は何をしているのかと聞いた。奴は実は今度管理職になることが決まってねと答えた。僕はそれを聞いて驚いて、あの遊び人でいい加減なお前に管理職なんか勤まるのかと揶揄ってやった。すると奴が急に真顔になって僕にこう聞いてきたのだ。
「なんかいい長編小説はないかい？出来れば長くて難しいのがいいな」

　奴のこの言葉を聞いて僕はさっきよりも遥かに驚いた。奴は学生時代は本などろくに読んだ事のない人間だったのだ。僕がたまたま本を手にしているといきなり本を取り上げてそんなくだらんものなど捨ててしまえと言ったぐらいだ。僕は奴も管理職になって教養の重要さに気づいたのかと思ってうれしくなって奴にいろんな本を教えた。奴は本の名前をメモりながら、「おおすげえ、試してみるよ」「なんか気持ちの良い夜を過ごせそうだ」とか無邪気に喜んでいた。僕はそんな奴に昔の文学青年だった頃の自分を思い出して思わず苦笑してしまった。

　その翌日再び友人と会ったが、奴は会った途端満面の笑みで昨日進めた長編小説の感想を喋り出した。

「いやぁ、やっぱりお前に相談してよかったよ。管理職になっちゃった緊張でずっと寝れなかったんだけど、お前が教えてくれたこ難しくて訳のわからん本読んだらすぐに寝れたよ。やっぱりお前に相談してよかったよかったよぉ〜！いやぁ持つべきものは友達だよなぁ〜！」