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《連載小説》全身女優モエコ 上京編 第二十話:モエコ更生する! ~優れた女とは女優のこと!

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 モエコはここまで言ったところで目頭を押さえて黙り込んだ。ああ!彼女にいったい何があったのか。モエコの表情はただ事ではなかった。彼女はしばらくしてから再び顔を上げて話し始めた。

「そうしてひとしきり泣き終わった後で五月がモエコに見せたいものがあるって言って押し入れをがさごそ探し出したんだ。そして一枚の色紙をアタイに見せてくれた。その色紙には『女』って字が沢山書いてあるんだけど何故か真ん中に赤字で丸が書いててその中には何も書かれてないんだ。五月はアタイに言ったんだ。『これ、中学の時女の先公がグレまくったアタイを更生させるために出した宿題なんだ。この色紙の丸の外に『女』って書いて全部埋めろ。そして全部埋めたら丸の中に当てはまる漢字を考えて書けってさ。その先公は女には珍しく熱血教師でさ、グレたアタイを更生させようと必死になってくれてたんだ。結局アタイは先公が望んだように更生出来なくて学校から飛び出しちまったけど、でもそれからずっとこの問題の答えを考えてるんだ。だけどアタイ小卒のバカだから考えても当てはまる漢字なんか思いつかないよ。なぁモエコだったらわかるだろ?アンタ県内有数の進学校に行ってだんだから』アタイは五月の色紙を見た瞬間、稲妻が落ちるほどの衝撃を受けたんだ。『女』の真ん中にあるもの。それはあの言葉しかないじゃないか!一瞬で解っちまった。むしろ答えがアタイを待ち侘びていたぐらいさ。『優』これが色紙の答えだった。恐らくその先公は五月には優れた女になれって言いたかったんだ。アタイは五月に答えわかったよって言ったよ。それを聞くと五月はひどく喜んで早速ペンを持って早くお書きよってせがんだんだ。だからアタイ丁寧に大きく書いてやったよ。『優』ってさ。したら五月が尋ねてくるじゃないか。これなんて書いてあるんだい?って。だからアタイは教えてやったさ。『この『優』って字は優れるとかそういう意味さ。優勝とか言うだろ?その頭についてる字さ。その先公はアンタに優れた女になれって言ってるんだよ』五月はアタイの話を聞いて感激のあまり泣き出したんだ。泣きながら先生ゴメンよ!アンタの言う通り優れた女になれなくて!』ってさ。で、彼女は何か気づいたらしくてアタイの肩を叩いて言ってくるじゃないか。これって『優』の前に女置いたら『女優』じゃないか。まるでモエコじゃないか!』『女優』ああ女優!チキショウ!グレて女優への夢を捨て去ろうとしても女優はどこまでもアタイにこびりついてくるじゃないか!五月は言ってくれたんだ。『モエコは女優になるために東京に出てきたんだろ?こんなとこで道草食ってる場合じゃないよ!ここはアンタのいる場所じゃないんだよ!』アタイは泣きながら言ったんだ。『でも出て行く時はアンタも一緒だよ。アタイたち二人でこの裏社会から出て行くんだ!』だけど五月はアタイの言う事を聞いて急に暗い顔になったんだ。そして言ったのさ。『ありがたいけどアタイには出来ないよ。アタイはモエコと違ってグレきって裏社会にすっかり染まってしまったのさ。もう心も体も汚れきってどうしようもなくなっちまったのさ。アタイみたいな汚れ切った人間は一生裏社会に生きるしかないんだ』それを聞いてアタイは思わずバカヤロー!って叫んで五月を思いっきり殴ってた。そして言ってやったんだ。『ふざけんじゃないよ!アタイには人生捨てるなとか言っといて自分はどうなんだい!アンタだってまだ若いじゃないか!今ならやり直せるはずなんだ!だからアタイと一緒に裏社会から脱出するんだよ!一人じゃできなくても二人だったら出来るだろ?五月!勇気を出すんだよ!』五月はアタイの言葉に何度も頷いて泣いてたよ。泣きながら彼女は言ったんだ。『モエコ、アタイも真人間になれるかな?あの先公みたいに優れた女になれるかな?』『当たり前じゃないか!アンタなら絶対真人間になれるよ!』アタイたちはまた抱き合って泣いたんだ。そして二人で人生を一からやり直すんだって笑顔で話し合ったんだ。だけどその時部屋のドアを叩く音が聞こえてきたんだ。アタイは悪い予感がして五月に開けちゃダメだって言おうとしたんだけどもう遅かった。五月は開けちゃいけないドアを開けちまったんだよ!」

 部屋中に響き渡る絶叫であった。モエコは張り裂けんばかりに大声を上げると、苦しそうな顔でこの数時間の物語の結末を語り始めた。

「開けた途端さっきのチンピラたちが部屋になだれこんできた。奴らは言うじゃないか。『やっと見つけたぜ!いつもいつも人の仕事の邪魔しやがって!今日という今日は許さねえぜ!オメエのいろんな穴に棒ぶち込んでやるぞ!』『何が仕事だい!そうやっていたいけな少女を売春の道に誘うのが仕事だって言えるのかい?アタイは自分みたいな被害者を増やしたくないからアンタらから少女たちを守っているだけじゃないか!』『やまかしいわボケ!おい、奥にいるガキさっさと返せ!そのガキ上玉だからなんだから早く寄越せ!』『うるせえんだよ!誰がモエコを渡すか!この子はアタイのただ一人のマブダチなんだよ!アンタらなんかに渡してたまるか!』するとチンピラの一人が部屋に上がり込んでドスをチラつかせながらアタイの方に寄ってくるじゃないか。『お嬢ちゃん、言うこと聞かないと刃物で刺しちゃうよ。おじさん本気だよ!ブスりとひと突きでイっちゃうよ!』アタイはあの演劇大会で刺された事を思い出して発狂して暴れまくったんだ。死にたくない!死にたくないって喚きながらさ。だけどチンピラはギャアギャア喚くんじゃねえってドスを突き出してアタイに向かって突っ込んで来たんだ。だけどその時突然五月がアタイの前に飛び込んで来て、ドスはその彼女の腹を思いっきり突き刺しちまったんだ!ドスを刺された五月の腹からは血が花火のように吹き出してた。チンピラたちは吹き出した血にビビって一斉に逃げちまったよ。アタイは倒れた五月を抱えて必死に叫んだんだ!『五月!今から救急車呼ぶからな!もう少しだけ我慢しろよ!』すると五月は驚くぐらい穏やかな表情で言うじゃないか。『ヘッ、アタイもヤキが回ったもんだね。裏社会の極悪蝶と言われている五月さんがこんなとこで死ぬなんて……。モエコ、ゴメンよ。アタイ最後まで裏社会から出られなかったよ。だけどアンタは……アンタはこの世界から出るんだよ。そして女優への夢を叶えるんだよ。絶対だよ。アタイ……あの……世から……見守っているからね』『五月ー!!』」

 モエコはマブダチの名前を叫んで突然ガックリと崩れた。真理子はモエコを支えて泣きながら彼女に尋ねた。

「その五月さんはそれからどうなったの?答えて!お願いだからモエちゃん答えて!」

 だがモエコは真理子の言葉に応じない。彼女は自分でもその先を話すのが辛いのか何度も目を閉じて頭を何度も振った。ああ!やっとできたマブダチの突然の不幸。その結末は流石に話すことはできないのか。傷ついたモエコはそのまま深く目を閉じた。真理子はモエコが死んだかと驚いてモエコの体を必死に摩ったが、やがて彼女の口からいびきが聞こえたので手を止めた。モエコはどうやら眠っているらしかった。

 やがてデカいイビキを思いっきり立てて寝ていたモエコが目を覚ました。真理子はモエコに対してさっきの話の続きを聞かせてくれと言ったが、彼女は何も覚えておらず、真理子と猪狩が代わる代わるにさっきの話の事を尋ねてもモエコははぁ?とか言うばかりだった。焦れた真理子が話の中に出てきた五月の事を聞いたのだが、モエコはなにそれ?死んだって誰が死んだの?と全く要領を得ない答えしか返ってこなかった。それで真理子が結局あなたは夜中は何をしていたのと詰問すると、モエコはあっと声を上げてしゃべり始めた。

「思い出したわ!その五月ってスケ番!そいつ手下連れてモエコにカツアゲしようとして近寄ってきたから思いっきりぶん殴ってやったの。そしたら連中ビビっちゃって、そんな格好してこんなとこ歩いているからバカなお嬢さんだと思っていました。ここを歩く時はアタイらみたいな格好しないと舐められますよ、とか言って服買ってくれてタバコとメイクまでしてくれたの。途中でアホなチンピラがたかってきて風俗の勧誘にきたけどムカついてボッコボッコにしてやったわ。ああ!それからスケ番たちとずっと暴れまくって遊び呆けてだんだけど楽しかったわ〜!」

 猪狩と真理子は呆れて怒る気にもなれず、まだ喋りまくっているモエコを放っておいてとりあえず冷蔵庫にあったもので軽い朝食をとった。

 翌日のモエコのオーディションについては特にここで詳しく語るまでもないだろう。彼女は見事に役に受かった。全身スケ番ルックで決めタバコをふかし、やたら凄むその姿はどう見てもスケ番だった。モエコはスケ番よろしく同じオーディションに来ていた役者に向かって「アタイをナメんなよ!」と凄みビビらせまくったものだ。

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