うどん紀行 第一回:プロローグ ~それは横浜で始まった
大分前になるが私はグーグルにも載っていない隠れ家的なうどん屋について記事を書いた事がある。そこで私は六つの店の天かす生姜醤油全部入りうどんについてうどんの成り立ちと食べどころについて熱を込めて紹介した。あの文章を読まれた方々の中には私のあまりに厳しいうどんへの審美感に若干引いてしまった方もいると思う。しかしそれは仕方のない事である。私にとってうどんとは天かす生姜醤油全部入りうどんの事であり、その他のうどんと称するものは全てうどんの形をした別の食べ物でしかないのだ。
前回の記事をnoteに掲載してしばらくたってから読み直してみたのだが、その時記事で紹介した店舗が西日本に偏っている事に気づいた。だがその時の私はこれはうどんが元は中国から渡来したものであり、日本では讃岐の地を中心に広まったものであるから、美味しいうどん屋が西日本に集まっているのは当たり前だと結論づけ、それ以上この事について深く考えないようにしたのである。しかしその後私は改めてこの問題に立ち戻り、先に下した性急な結論づけに疑問を持ったのだった。本当に東京以北の東日本には食べるに値する天かす生姜醤油全部入りうどんはないのだろうか。北関東や東北北海道にはうどんもどきの食べるに値しないものしかないものなのだろうか。
私にその疑問をより強く持たせ、東日本へ天かす生姜醤油全部入りうどんの食べ歩きの旅に立たせる決意を固めさせたのは、横浜の中華街にある某うどん屋であった。ここでそのうどん屋の店の名を出すのはいろいろと事情があるのでここでは書かないが、屋号は仙人が住むという伝説の山からいただいたものだという事だけは書いてもいいだろう。そのうどん屋は中国人が出したうどん屋という事で非常に話題になっていた。なんでもそのうどんはうどん発祥の地で昔から現代に渡って発展してきたものであり、オリジナル中のオリジナルうどんだと宣伝されていた。このうどん好きの私がそんな店に行かないはずがない。私は会社の昼休みに東京から横浜へ向かう電車に乗ってうどんを食べに行ったのだった。
その中華街のうどん屋は確かに午後一時をとうに回っていたのでピークを過ぎていたらしく、行列ができていたものの、いくらも待たずに店に入れた。待っている間どっからかやたらに電話がかかってきてうるさかったから頭に来て、まったく今うどんを食べるので忙しいんだ。俺の邪魔をする奴は何人たりとも許さんと思いっきり液晶画面を叩いてスマホの電源を切ってやった。しばらくして店に入った私は席に向かう際に店内を見てそのあまりにうどん屋に似つかわしくないケバケバしい内装に目が眩んで思わずふらついてしまった。カウンター席に座ってメニュー表を開いた私はそこに天かす生姜醤油全部入りうどんらしきメニューがあるのを見た。天生醤全麺というらしい。なんだか天かす生姜醤油全部入りうどんの頭文字だけいただいたような気もするが、まあそれはいい。私は目の前にいた店の主人らしき七福神みたいな顔をしている親父に向かってこの天生醤全麺を注文した。すると七福神顔の親父は「お客さん目が高いヨ。これ、中国オリジナルの天かす生姜醤油全部入りうどんネ」といかにもな中華アクセントで話しかけてきた。私は失礼だが、この七福神男にちょっと胡散臭いものを感じ、店に来たのを失敗したなと後悔したが、しかしもう注文してしまったのだからとにかく食べるだけ食べて家に帰るしかないと、何かとんでもなく大事なことを忘れ切った頭で考え、ひたすらうどんが来るのを待った。
間もなくして七福神男が天生醤全麺を持ってきた。私は出されたうどんを見て中国オリジナルのうどんがどんなものか目を皿にしてみた。初めに感じたのは違和感である。この中国の地にて発展したという、うどんは日本のそれとは大分違っていた。天かすは極彩色で油なんかも光りすぎる程光っているし、生姜なども乾いてパサパサである。そこにかけられている醤油も淀んだような感じで日本の醤油のような渋みの黒ではなかった。私はこれが中華のうどんかと興味とそして同じぐらいの不安を感じながら箸を取って天生醤全麺を食べたのである。
確かにこの天生醤全麺はオリジナルのうどんだと称しているだけあってそれなりに美味しかった。しかし私はこの料理を食べながらずっと疑問を感じていた。これが本当に我が日本のうどんの源流であろうか。これが私の今まで食べてきた極上の天かす生姜醤油全部入りうどんよりも本物のうどんだと言えるのだろうか。いや否である。この天生醤全麺は確かに麺ものとしては一級品だ。だがこのラーメンをも思わせる大陸風の麺料理はとてもうどんとはいえなかった。私は天生醤全麺を食べ終えてからしばらく目を閉じて考えた。そしてこう思ったのだ。もしかしたら現代の天かす生姜醤油全部入りうどんのルーツは中国ではなく、都から遠く離れた地、つまり関東から北にあるのではないか。そこに奈良平安に伝わったうどんが今もそのままに残っているのではないかと。ならば一刻も早く北に行かねばならぬ。北のうどんを食べてうどんの真のルーツを知らねばならぬ。私がこう北へと旅立つ決意を固めていた時、前から七福神男が首を突き出して藪から棒に天生醤全面について語り始めた。
「お客さん、天生醤全麺美味しかったか。このオリジナルのうどんは秦の頃泰山のふもとで生まれたヨ。仙人たちがソフト麺を食べていたら天から突然天かすと生姜と醤油が降ってきたヨ。仙人たちこりゃ天からの贈り物だってビックリしてありがたく食べたヨ。それから後の時代の皇帝が……」
だが今の私にとってそんな他国の麺料理のルーツなどどうでもいい話だった。私はそろそろ行かねばと立ち上がり、北へと旅立つために店の入り口へと向かった。七福神男は店から去り行く私を見て慌てて呼び止めた。
「アンタ、どこ行くヨ!」
七福神男の問いに対して私はただこう答えた。
「北へ、そう北へ向かうのさ」
私の言葉を聞いて七福神男は北へと旅ゆく私を引き留めようと慌ててカウンターから飛び出してきた。そして私のスーツのベントを掴んでこう言った。
「アンタお勘定まだもらってないヨ!もしかしてタダメシ食いか?今から警察呼ぶからそこで待つネ!」
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