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フォルテシモ&ロマンティック交響曲 第四回:神のお告げ

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 こう叫んだ瞬間突如目の前が眩しくなった。大振は何事かと目を凝らしてみたが、なんとそこには自分の前に立っているプロモーターが神々しく光輝いていたでのであった。ああ!なんてことだ!まさかこの下種男がイエス・キリストだったとは!プロモーターは床にへたり込んでいる大振を慈悲深い目で見降ろしてこう告げた。

「我が子よ。素直に諸般リストと共演なさい。そなたのオーケストラと諸般のピアノで自身に憑りついた不幸な出来事を浄化するのです。人間に憑りつきし様々な不幸を癒し、浄化するのは音楽のみ。そなたのオーケストラと諸般のピアノは対位法のように最終的に融合して不幸なる出来事を浄化し、弔ってくれるでしょう」

 大振はこの即席のイエス・キリストに泣いて縋り付いた。即席のイエス・キリストを務めるプロモーターは、あくまで即席なので、泣いて縋り付くこの男を避けたかったが、しかしこれが最後のチャンスだと思ってどうにか耐えた。その即席のイエス・キリストを澄み切った目で見上げて大振は言った。

「ですがイエス様、私は本物のフォルテシモな天才指揮者で奴はペラペラの中身のないロマンティックピアニストなのです。そんな二人が共演なぞ出来るでしょうか?結局奴は最後まで役立たずで、私の不幸は浄化されぬまま演奏を終えるのではないでしょうか。そうしたら私はもう死への道を選ぶしかない!」

「そなたはまだ諸般リストを認めていないのですか?彼こそそなたに匹敵する唯一の天才。彼の助力なくしてそなたは永遠に救われないのです。諸般を認めそして信じなさい。彼こそそなたの音楽の真の兄弟なのですから」

「兄弟?私があんな奴と?」

「そう、天は音楽の天才を東と西の地に誕生させました。それがそなたと諸般です。最初会った時そなたたちは不幸にして仲違いしてしまいました。しかし神は再びそなた達を結びつけて下さったのです。さぁ、兄弟に会いなさい。そして音楽で分かち合いなさい。苦しさも、死に至る程の絶望も、淋しい病気になるほどのさびしさも、全て分かち合いなさい」

 この即席のイエス・キリストの御神託を聞いたカリスマ指揮者大振拓人は再び激しく号泣しプロモーターを拝み始めた。

「ああ!分かち合いましょうとも!諸般は我が兄弟、音楽の血を分けたたった一人の兄弟なのですから!」

 歓喜に満ちた顔でこう宣言すると大振は勢いよく立ち上がり、グランドピアノの上に置いていた指揮棒を取って振ってフォルテシモの絶叫した。即席のイエス・キリストのプロモーターはこれに喜び大振に向かって「我が子よ、ここにサインをするのです」と言って契約書を突き出した。しかしいつの間にか我に返っていた大振は「バカ者が!」と一喝して契約書を丸めて放り投げてしまった。大振の突然の行動にまだ即席のイエス・キリストをやっていたプロモーターは大振を諫めた。

「我が子よ、なんてことをするのか!」

「黙れ!何が我が子だ!俺がいつ貴様の子になった!」

「じゃ、じゃあさっきの話はどうなるのです?マエストロ、あなたはさっき涙ながらに諸般リストと共演すると言ってくれたじゃないですか!あれはなんだったのですか!」

 大振はこれを聞いて不敵に笑った。そして両手を掲げて左手に持っていた指揮棒で天井を指して言った。

「やるに決まっているだろう!俺はさっき突然現れたキリストに諸般と仲良くしろと説教されたのだ。俺はキリストの説教を聞いて奴とまだ決着をつけていないことを思い出した。あのコンサートで俺は諸般をラフマニノフの協奏曲で叩きのめすどころか、熱くなりすぎてフォルテシモとロマンティックの場外乱闘をしてしまったのだ。今度こそ奴をフォルテシモの指揮のアッパーカットでそのロマンティックなピアノごとリングの底に沈めてやる!そうしなくては死ぬに死ねん!真の天才はこの大振拓人一人だけだと世界に知らしめてやるのだ!待っていろ諸般リスト!今度こそ武道館で貴様の下手なピアノごとボロンボロンのけちょんけちょんに叩きのめしてやる!」

 この獅子のように咆哮する大振をプロモーターはただ唖然として眺めていた。今百獣の王の如く起立して吠えている男が、さっきの涙を流して自分を拝んだ人間とは同一人物とはとても思えなかった。しかしこの傲慢ぶりこそいつもの大振なのだ。彼はさっき大振がクシャクシャに丸めた契約書を拾ってサインを求めた。しかし大振は「この天才大振拓人に向かってこんなクシャクシャの契約書にサインをさせるのか!」と怒鳴って契約書を引きちぎってしまった。

「それにだ!俺はこんなチンケなファン動画の真似事などせん!今から武道館のコンサートのためにこの天才大振拓人が最高傑作を書き上げてやる!奴にも言っておけ!せいぜい下手な伴奏でも用意しておけってな!」

 プロモーターは完全復活した大振を見てコンサートが大成功すると確信した。これでカジノの借金を返済出来る。キャバクラ行きたい放題だ。俺の信用度は爆上がりして大振どころじやゃなくて日本や海外の巨匠のプロモートを任せてもらえる。彼は鞄から新しい契約書を出して大振に持っていこうとした。しかしその時、突然インターフォンの音がけたたましく鳴り出したのだ。大振はプロモーターを待たせてインターフォンに向かいボタンを押した。するとモニターが映し出されそこに物凄い人だかりが出来ているのが見えた。彼らはマイクがONになっているのに気づかず口々にこんな事を喋っていた。

「何回押しても出てこないって事はやっぱり自殺したんだなあのバカ。本当にイヤなやつで、ずっと金のためだけに付き合ってきたようなもんだけどいざ亡くなった見るとやっぱり悲しいものがあるな」

「だけどその理由が外人のオペラ歌手に振られたってのは傑作だよな。大体アイツは舞台のクライマックスで全裸で、しかも本人じゃなくて相手役の男を襲ったんだろ?そんなの振られて当たり前だろうが」

「そっ、なのにあんな気取った遺書送りつけてきやがって。何が恋に破れし大天才大振拓人が先に逝くことをすべての芸術に謝罪するだよ。どんだけ御目出度いんだよお前の頭は。この遺書発表されたらみんな爆笑するぜ?」

「そうだよな。全裸の恥晒しが原因で自殺するんだからギャハハハ!」

 大振はこのバカ業界人の会話を聞いて怒りのあまり神が逆立った。彼はインターフォンを激しく叩きインターフォンから玄関にたむろっている業界人をフォルテシモ中のフォルテシモで怒鳴りつけた。業界人は大振のフォルテシモの一喝を浴びて一斉に謝った。大振はその業界人を自宅に呼びつけると彼らを土下座して並べてこう述べた。

「自殺はやめることにした。俺は先程突然現れたイエス・キリストからファンの誰ぞが作った俺と諸般リストの曲を合わせた動画を観せられてまだあのバカロマンティックピアニストと決着をつけていないことを思い出したのだ。それを思い出したら自殺どころじゃなくなったのだ。天才の俺が死んだら、バカロマンティックピアニストの奴が天才を自称するだろう。そしたらクラシック界はインチキ連中が跋扈してあの愚かな恐竜のように絶滅してしまうだろう!ああ!そんな事をさせてたまるか!だから俺は今度武道館で世界中の観客が観ている前で諸般リストを徹底的に叩きのめす事にした。コイツが天才だと口が裂けても言えぬようにボロッボロのカスッカスにしてやる!だから俺が送った遺書は今すぐ捨てろ!」

 大振はそうその場にいた全員に向かって言うと、腕を掲げてこう力強く宣言した。

「近いうちに世界に天才大振拓人の復活を見せてやる!貴様らそれまで楽しみにしていろ!とりあえずプロモーターの貴様さっさと諸般リストを俺の前に連れてこい!」

 大振の一喝に動揺したプロモーターは彼の命令に忠実に従ってその場で諸般のマネージメント会社に電話をかけて、今すぐに諸般を大振拓人のマンションに連れて来てと言ってしまった。だが当然外国の会社が名前も名乗らぬ意味不明の電話にまともに対応するはずがなく、即ガチャ切りされた。

「マエストロ!あなたのおっしゃる通りにしたら諸般の奴無礼にもガチャ切りしてきました!」

「当たり前だバカ者!お前は言葉通りにしか受け取れんのか!」


 後日プロモーターは改めて諸般リストのマネージメント事務所宛に例の動画の添付付きで大振拓人との共演依頼のメールを送った。勿論大振の厳密すぎるチェックを得てである。しかもそのチェックで大振に書き直された文章があまりにも諸般を挑発しすぎてしていたので、慌てて元に戻した上である。そこでプロモーターは例のマッシュアップ動画へのリンクを貼ってこの動画はファンが諸般と大振の仲直りを願っていること、そして諸般と大振は神から遣わされた音楽の兄弟であることを説き、最後のダメ押しで大振は今自殺寸前でありもう諸般しか救える人はいないと訴えて文章を締めた。

 そのインチキ臭いまでの泣き落としが功を奏したのか。諸般のマネジメント会社から共演を引き受けると返信が届いた。プロモーターは意外にあっさりと引き受けてくれたものだと思い早速大振に報告しに行った。大振は諸般が共演を引き受けると聞いて喜び指揮棒を振ってこれで奴をぶちのめせると喜んだのだった。

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