取調室
カビ臭い取調室の椅子に座った容疑者の女は覚悟を決めた表情でただ前を見据えていた。取調担当の鮫島警部補は向かい側に座り女に向かって言った。
「残念だけど、いくら誤認逮捕だらけの俺たちでも無実の人間を逮捕なんかしねえんだよ。いつまでそうやって犯人を庇っているつもりなんだ?さっさと犯人をゲロって楽になれよ。そのゲロは俺が啜ってやるから」
鮫島の言葉を聞いた女は憤然として彼に食ってかかった。
「刑事さん、こんだけ言ってもまだ私が犯人だって信じられないの?いい加減にしてよ!私はあの夜ちょうど19:00きっかりにババアの部屋に入って背中から何度もブッ刺したのよ!これ以上の完璧な自白があるの?さぁ、さっさと逮捕しなさいよ!」
「バカヤロウ!そんなもん自白にならねえんだよ!あのなぁ、アンタのアリバイはハッキリ出ちまってるんだぜ!絶対に殺人は不可能だってな。共犯の可能性だってまるでないんだよ。なぁ、いつまで元カレを庇ってるんだよ!」
元カレと鮫島が言った途端女が急に動揺し始めた。
「なんでとっくに別れた男を私が庇うのよ!彼は関係ないじゃない!まさかあなたたちまた誤認逮捕するつもりなの?無実の彼を捕まえてどうするのよ!」
「さぁどうかな。実はさっきアンタの元カレをここに連行して来たんだ。というわけで今日の取調はこれで終わりだ。次はアンタの愛しい男をたっぷり取り調べてやるぜ。今夜か明日、アンタにとって喜ばしくも悲しい報告してやるから楽しみに待ってな」
「やめて!彼を逮捕する事はやめて!彼は100%無実なのよ!ババアを殺したのは私!この私なのよ!」
鮫島は取調室のドアを開けて警官二人を呼び彼女を留置所に連れて行くように指示した。それを聞いた警官二人は泣いて暴れる女を無理やり引きずって留置所へと運んで行った。
「私が犯人だってどうして認めてくれないの!私が犯人なのよ!犯人は私なのよ!」
女の引きずるような叫び声が署内に響いた。鮫島は次は警官に先程連行した女の元カレを連れてくるように言った。
しばらくして警官がその元カレを連れて来た。いかにも半グレ風のどうしようもない男だった。鮫島はこの男を一目見てやはりと思った。ああいうクソ真面目な女はこういう男にすぐ騙される。鮫島は手錠をはめた女の元カレに座れと声をかけた。元カレはヘラヘラ顔で椅子に座った。鮫島は男の向かい側に座るとこう切り出した。
「お前、なんでここに連行されたかわかっているよな?」
「下着泥棒でしょ?何度も言わせんなよ」
鮫島はこの男のふざけた言葉に殺意すら覚えた。あの女はこんなクズみたいな男のために身代わりになろうとしているのか。なにが下着泥棒だ。あれだけ人を残酷に殺しておいてよくそんな戯言言えるな。彼女がどれだけお前を庇っているかわかってるのか?彼女はお前のために刑務所に入ろうとしているんだぞ!
「それよりももっととんでもない事しでかしただろ、お前は。もう全部吐けよ。吐いたら罰金だけど全部吐け」
鮫島は溢れ出る怒りを拳を血が出るぐらい握りしめて抑えてできるだけ冷静に自白させようとした。だが、女の元カレの言葉は彼の怒りの限度を容易く超えてしまった。
「なに?とんでもない事って。俺はババアの家で間違って下着を盗んだ事以外なんもしてねえぞ。あっ、そういえば下着盗んだ時ベランダで500円玉拾ったんだよなぁ〜。うまかったゼェ〜。一仕事終わった後に人の金で飲む缶コーヒーはよぉ〜!」
「テメエ!彼女の思いをなんだと思ってるんだ!彼女はお前を真剣に愛していたんだぞ!お前みたいなクズ野郎のために身代わりになろうとしてたんだぞ!それなのに!それなのに!」
「おいこの馬鹿野郎!なんなんだよ!お前人をいきなりぶん殴って来やがって!お前こっから出たらいろんなところにお前のこと書いてやるぞ!」
「うるせえ!俺はお前の体を殴ってるんじゃない!お前の心を殴ってるんだよ!わからないのか!彼女のお前への思いが!さぁ白状しろよ!全部お前がやったっていえよ!」
涙と共に鮫島の拳が男に降り注いだ。だがその時別の課の刑事が彼を呼んだので拳を止めた。
「あの〜、そいつうちが捕まえた下着泥棒なんだけど……。オタクら第一課が連行した殺人事件の容疑者とうちの第三課が現行犯逮捕した犯人なんか署内でいつの間にか入れ替わっちゃったみたいなんだよね。あの引き取りに来たんだけどいいかな?」
鮫島はタコみたいに膨らんだこと下着泥棒の顔を無茶苦茶気まずそうにみた。
「ああ、コイツ自供させんのに骨が折れたよ。なかなか喋らなくてさぁ。それでボコボコにしてやったら下着盗んだだけじゃなくてベランダに落ちてた500円玉まで盗んだ事ゲロってさぁ。あ、あのもうそっちで取り調べとかやんなくていいから。このまま裁判抜きでさっさとムショぶち込んじゃえ。保釈して下手に野放しにしといたら、きっとコイツ、ネットかなんかで有る事無い事吹きまくるぜ。で、俺んとこの容疑者どこにいるの?」
第三課の刑事は言った。
「あっ、俺その容疑者に会った時オタクらが事情聴取のために連行したの知らなくて、人まちがいだと思って釈放しちゃったんだよね。あの容疑者今頃海外かなぁ。なんか釈放された時今からドバイに行くとか言ってたし……」
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