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もしも世界からうどんが消えたなら

 閉店ギリギリのはなまるうどんに入ってきた男と女は店の閑散とした光景に唖然としてしばし立ち尽くした。そして我に返った男は女にこう言った。

「今日が世界でうどんが食べられる最後の日だってのにこの有様はなんだよ。どんな店でも閉店日は盛り上がるだろうに!」

 女は男の悲しげな表情を見て自分も悲しくなった。今日はうどん最後の日。明日からはうどんはこの世界から消滅するのだ。うどんはラーメンやそばに乗っ取られていつの間にか誰も食べなくなった。人々はうどんを食べている人間を見つけると、「や〜い、そんな太ったものを食べるとデブになるぞ」と囃し立てるようになった。それだけではなくうどんを食べている人間を露骨に差別する様になった。そのうどんバッシングのあおりを受けてうどん店はなまるうどんの数店を残してすべて潰れてしまった。時が経つごとにうどん人口は激減して今ではうどんを食べる人間はほんのひと握りとなってしまった。そして今、かつては誰もが食べていたうどんはこの世界から消えようとしている。男は悲しみを堪えて女に向かって早くうどんを注文するよう促した。彼は女に向かってこう言った。

「さぁ、早く食べないと最後のうどんが捨てられちまうぜ」

 二人はトレーを片手に店員に向かってうどんはあるかい?と聞いた。しかし店員は悲しげに俯いて確かにうどんはあるがかけうどんしかないと答えた。この返答に女はがっかりしじゃあもずくもないのと聞いたが、しかし店員はただないと言うだけだった。男はその項垂れる女の肩に静かに手を当てて言った。

「まぁ、いいじゃないか。僕らは今日は天ぷらやもずくを食べにきたんじゃなくてうどんを食べにきたんだろ?店員さん。あの、天かすと生姜と醤油はまだあるかい?」

 店員はにこやかにそれだったら充分にあると答えた。男は店員の答えを聞くと急に上機嫌になりかけうどんを自分と女のために二つ注文した。店員が早速カウンターにかけうどんを二人分出すと男は女に向かっていきなり質問しはじめた。

「君、はなまるうどんの美味しい食べ方知ってるかい?」

 女は男のいきなりの質問に戸惑って答えられない。かけうどんの美味しい食べ方って何?天ぷらももずくも卵入りのぶっかけうどんでもないただのかけうどんに美味しい食べ方があるですって!そんなの信じられないわ!男はあからさまに機嫌を悪くした女にむかってニッコリと笑うとかけうどんが乗ったお盆を持った彼女を天かすと生姜と醤油の置いてあるコーナーに案内した。そして戸惑う女にこう言った。

「まず、うどんに天かすを山ほど振りかけるんだ。エベレストぐらいの高さまでね。そうしたら次に生姜をつゆに落とすのさ。海の塩みたいに舌がピリピリするほどたっぷりとね。それが終わったらいよいよ醤油だ。醤油瓶をとぐろを巻くようにうどんに注ぐのさ。国宝級の壺の形を作るように丁寧にね。後は混ぜるなりなんなりして食べるんだ。形状は油まみれでいささかグロテスクかもしれないけど食べてみるとこれが結構美味いんだ。さぁ、出来上がったし、テーブルで早速食べようぜ」

 女は男に言われたとおりに天かすを振りかけ、生姜を落とし、醤油を注いで混ぜたが、混ぜたうどんを見てそのあまりのグロテスクさに口を押さえた。テーブルに座っても彼女は男に軽蔑の視線で睨みつけ、箸に手さえつけなかった。しかしそんな女の目の前で男は美味しそうにそのグロテスクなかけうどんを食べているではないか。男は美味しさのあまり顔を綻ばせながら、そしてかけうどんを名残惜しむように見つめて食べていた。女はそんな男の食べる姿を見て知らず知らず手に持った箸をうどんに近づけていた。彼女はうどんを摘んだ。そしてゆっくりと口元に寄せていった。

 女は天かすと生姜と醤油がまとわりついたうどんを啜った瞬間あまりの美味しさにのたうち回りそうになった。そのままうどんを味わった女は感激して男に言った。

「なんで今までこの食べ方を教えてくれなかったの?こんな美味しい食べ方があるなんて思わなかったわ!こんな美味しい食べ方をみんな知っていたらうどんはこんなに廃れることはなかったのに!」

 男は目を閉じて女の言葉に耳を傾けた。確かにこの食べ方をみんながしていたらうどんはこんなにも廃れることはなかったかもしれない。だけどみんな僕の食べ方を見て気持ち悪がって真似をするどころか一斉に避けたじゃないか。だが今となっては全てが遅すぎる。今はこうして最後のうどんを食べるしかないのだ。二人は涙を流しながら最後のうどんを食べていたが、その二人のそばに店員が天かすと生姜と醤油のたっぷり入ったうどんのどんぶりを持って立っていた。彼も涙を流していた。

「これが本当の最後のうどんなんです。店を閉めたら一人で食べてうどんにさよならを告げるつもりでしたが、あなたたちがかけうどんをあまりにも美味しそうに食べるのを見て私も食べたくなりましたよ。私も一緒に混ざって最後のうどんを食べていいですか?」

 男と女は勿論OKだとこたえた。


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