忘れられたゲートリバーブ 〜80.sノスタルジア
ニューウェーブばかり聴いていた生意気な少年時代。君はXTCの『ブラック・シー』でゲートリバーブに目覚めたんだ。君は今もあの瞬間を覚えているだろ?SP盤風に加工された歌い出しをぶった切って鳴り出したけたたましいドラムのイントロを聴いた瞬間を。それが君のゲートリバーブ初体験だった。女の子とするそれより遥かに衝撃的な初体験。君はドラムに頭をストレートで殴られたような感じになってパンチドランカーのように呆けて一ヶ月ぐらい『ブラック・シー』ばかり聴いていたよね。やがて君はXTCだけじゃ足りなくなってバイト代を全部使ってゲートリバーブしているレコードを片っ端から買い集めるようになった。その中には今や大メジャーバンドとなったU2の『WAR(闘)』もある。共にプロデューサーはスティーヴ・リリーホワイト。ゲートリバーブの産みの親の天才エンジニアさ。それと君は元セックス・ピストルズのジョン・ライドンがやっていたPILの『フラワーズ・ロマンス』も聴いていたね。たしかあれもゲートリバーブだった。
でもだんだん大人になってくると君はXTCやU2みたいな若者向けのものには満足出来なくなったんだ。大学生になった君は今まで避けていたプログレを聴き始めてそして元ジェネシスのピーター・ゲイブリエルがゲートリバーブを初めて取り入れたアーティストだって事を知ったのさ。君は『ピーターゲイブリエルⅢ』の出だしにXTC以上の衝撃を受けただろ?古くさいと思っていたプログレ出身のやつがこんな衝撃的なゲートリバーブを使うなんて思わなかっただろ?君はゲートリバーブを自分でやりたくなってドラムセット買ったね。だけど当時君が住んでいたのは四畳半のアパート。一回も演奏しないまま粗大ゴミになっちゃった。
だけど君が社会人になったあたりからゲートリバーブはだんだん廃れてきたのさ。ただうるさいだけじゃないかとか、やっぱりドラムは生音がいいとか言われてアーチストもゲートリバーブをやらなくなってしまったのさ。友達もいつまでもゲートリバーブに夢中になってる君を馬鹿にしていた。あんなものただのびっくり芸でしかないよって。周りからそう言われて流石の君もゲートリバーブから、というか洋楽自体あまり聴かなくなっていった。そんな君のゲートリバーブ熱を再び取り戻させた曲はたまたまラジオで聴いたスティングの代名詞的な名曲のあの『イングリッシュマン・イン・ニューヨーク』だった。このレゲエとジャズを小洒落にミックスした曲はゲートリバーブを全面的にフューチャーした曲じゃないけど、ラスト近くでリバーブのかかったドラムの連打があるんだ。君はそのゲートリバーブに曲のテーマであるニューヨークに生きる老いたイングリッシュマンの孤独の深さを感じたのさ。
と、若かりし頃の自分に一人語りして終えて僕はガックリと肩を落とした。今じゃゲートリバーブなんて誰も知らない。あの80年代を席巻した魔法のサウンドは完全に過去のものとなってしまった。人生五十年どころか六十年に差し掛かった僕はたまに会社の若い子たちと一緒に昼食とか行くのだが、その時にいつもゲートリバーブについて話すんだ。だけど彼彼女たちは僕が挙げるアーチストを誰一人知らないんだ。U2やスティングでさえ彼彼女たちは知らない。なのにビートルズやストーンズ、いやこれはアイドルのことか、は知っているし聴いてもいるんだ。僕は彼彼女たちをゲートリバーブ教に洗脳しようとシティポップの次はゲートリバーブがくるなんて大嘘をついたりした。だけどそれを聴いても彼彼女はヘェーそうなんですかと愛想笑いを浮かべて棒読みで相槌打つだけだ。僕は彼、特に彼女たちがゲートリバーブなる未知のものに目を輝かせて反応する姿を想像していたのに。
ゲートリバーブ。昔買ったドラムで実演しようとしたけどあの頃はゲートリバーブがスタジオの録音技術で作られたものだってまるで知らなかった。でも今は多少は知っている。あのXTCは録音ブースの壁をダンボールで埋めてエコーが響くようにしたっていう。だけど今の僕はそれよりももっと簡単にゲートリバーブができる方法を知っている。勿論本物のゲートリバーブじゃない。だけど遊びでやるんだったら別にこれでもいいだろう。僕は風呂を沸かすとそのまま全裸で風呂場に行って湯気の立ちこめる風呂場の中でタライと風呂桶をリズミカルに叩いたんだ。ああ最高だよ。勿論僕の聴いていたレコードのゲートリバーブとは比較にすらならないけどでも自分でゲートリバーブを演っているんだぜ。ろくに楽器も弾けないこの僕がさ。
僕はスティングの『イングリッシュマン・イン・ニューヨーク』ゲートリバーブの部分を繰り返し叩いた。僕ももう六十になる。イングリッシュマンの老人のように僕もずっとこの東京で暮らしてきた。離れていた時間は長かったけどやっぱり僕はゲートリバーブが好きなんだ。XTC、U2、PIL、ピーター・ゲイブリエル、その他のUKのアーチストたち。僕を導いてくれてありがとう!僕は一生ゲートリバーブと一緒に生きていくよ。風呂場に響くゲートリバーブ。心臓にまで響くタライと風呂桶のドラミング。ああ!最高だよ!もっと早くこれを知っていたら!と、その時突然風呂場の窓が開いた。僕は突然の出来事にびっくりしてドラミングをやめて窓を見たのだが、そこには隣の部屋の禿げ親父が窓から真っ赤っかの顔を突き出して僕を睨みつけていた。親父はエコー聞きまくりの声で僕を怒鳴りつけた。
「バカヤロウ!ジジイが深夜にフルチンでパカパカやってんじゃねえ!うるさくて眠れないだろうが!」
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