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フォルテシモ&ロマンティック協奏曲 第十三回:再び現れた救世主

前回

 そこにはなんとあのプロモーターがちょこんと立っていたのだった。この久しぶりに登場したゲス男を見て大振は大激怒した。神聖なフォルテシモホールに土足で入ってきたのがこんなゲスな人間で、しかも寄りにもよってこんな時に侵入してきたことに。大振は殺してやるといきり立って指揮棒をプロモーターに突き付け、そして串刺しにしようとした。しかし諸般は自ら身を投げ出してプロモーターを守った。

「タクト、早まってはいけないよ。この人はゴッドだよ!」

「何がゴッドだ!こんなインチキな奴がどうして神なんだ!さあどけ今からこいつをバーベキューみたいに突き刺してくれるわ!」

「息子たちよ!私は父だ!」

 大振は突然叫ばれたいつかのキリストそっくりの声に驚いてすぐさまサーベル代わりの指揮棒を下ろした。そして無意識に膝を屈して頭を下げていた。諸般も同じように膝を屈して頭を下げた。その二人に向かって何故か光り輝きだしたプロモーターはこう聞いた。

「息子たちよ、何故に別れようとするのか。お前たち兄弟は音楽のミューズの使命を受けて地上に降り立ったはず」

 大振はプロモーターに答えた。

「偉大なる父よ。いくら兄弟といえ私たちの芸術観は水と油なのです。これはどうしても埋められないのです。無理矢理埋めようとしたらもうフォルテシモもロマンティックもない惨めな作品しか仕上げられないでしょう。そうなる前にいっそ」

「ゴッドファーザー、僕もタクトと同じです。僕たちがこのまま一緒に曲を作り続けたら曲どころか互いまで殺し合わなくてはいけなくなります。そうなる前に別れるべきなのです。悲しいですがそうするしかない。僕らは不幸なことに反発する両極だったのです」

 プロモーターは二人に向かって静かに首を振った。そして全身から神々しい輝きを放ちながらこう告げた。

「息子たちよ。そなたらは互いにそりあえないから一緒に曲が書けないというのですね?しかし息子たちよ、それは間違っています」

「間違いですと?」

 大振と諸般が二重奏で放った問いに、この絶賛神演技中のプロモーターは慈悲の目ですっかり息子と成り果てた大振と諸般を見つめこう述べた。
「そうです。息子たちよ、そなたらは間違っているのです。何故ならそなたらはすでに傑作を天に捧げているからです。あのような傑作は二度と作れるものではありません。どんな天才でも生涯に一曲しか作れぬものなのです。それがこの神曲なのです!」

 そういうとプロモーターはポケットから七色に光るバルミューダーのスマホを取り出して大振と諸般に翳した。するとスマホのYouTubeの画面から古代めいた雑音と共に綿菓子よりも甘いオーケストラと、チョコレートをトロトロにかけたような同じぐらい甘いピアノが流れてきたのである。このフォルテシモでロマンティック曲は紛れもなく……。二人はスマホから流れてきた神曲を聞いて一瞬にしてそれが自分たちの曲を合わせたものだということに気づいた。この音源は確かに聴いたことがある。確か!大振はプロモーターに尋ねた。

「その曲は先日あなたが聴かせてくれたもの!だがしかしその曲はどっかのネット愚民がいたずらで私の究極の傑作交響曲第二番『フォルテシモ』と諸般のロマンティックなピアノ曲をただ合わせたものではないですか!これが神曲だとあなたはおっしゃるのですか!そうだとしたらあなたは私たちを完全に侮辱している!」

「ファーザー。タクトの言う通りです。あなたはボクたちがネットのおふざけより劣ると考えているのですか!僕の至高の傑作ロマンティックピアノソナタをなんだと思っているんですか!」

 その二人の不平に対してプロモーターは「そうではない」とエコーかかりまくりの無駄に厳かな声をあげた。

「この曲は神が音楽の兄弟であるそなたらに贈りしもの。神はそなたらを結びつけるために天使を遣わしてそなたらの魂であるこの二つの曲を結びつけたのだ。そなたらの作りしこの二つの甘い、まるで歌謡曲……いやバカにでもわかる偉大なる芸術作品は二つで一つなのだ。どちらが欠けてもこの芸術作品は成り立たぬ。そなたたちもまた二人で一人。互いなくして存在すらできぬ。よいか息子たちよ、そなたたち二人でこの神が結び付けてくれた曲を演奏せよ。そなたたちが真の音楽の兄弟としてこの曲を演奏する姿を神はお望みなのだ」

 大振りと諸般はこの相当神ってるプロモーターの手を取り泣きながら誓った。

「ああ!偉大なる父よ!演奏して見せましょうとも!この僕らの曲は二つで一つ。そのことに今やっと気づきました。ああ!どうして気づかなかったのか!思えば一人で曲を作っていた時ずっと何かが欠けていると思っていた。だが父よ、あなたの言葉ではっきりとわかったのです。この曲は僕らが二人で作るものだってことを!ああやりましょうとも!この曲を来るべき武道館コンサートでで全世界の人々に聴かせましょうとも!」

 二人は二重唱のようにそろってこう誓った。その誓いはなんと甘美だったろうか。今まで互いが音楽の兄弟であったことに気づかず、不幸にも憎しみ合っていた二人。だがその二人が葛藤をへてついに一つになったのだ。もう二人は肉体以外はすべて一つであった。あとは肌さえ触れ合えば完全に一つなれた。ああ!二十一世紀最高の芸術家にして、世界で最も美しいカップルよ!御覧二人の前には七色のライトが光るよ!あの七色のライトは未来を照らすLGBTの光だ!

「で、息子たちよ。この曲になんとタイトルをつけるのじゃ。私はベリースィート、ベリーハーモニー協奏曲なんていいと思うのだが。この曲の歌謡曲……いや、バカにでもわかるタイトルをつければもう演奏した瞬間から曲は大注目!CDとかサブスクで発売されたらオリコンどころか、ビルボードトップは間違いなし。韓国アイドルなんぞ軽く蹴散らしてしまうだろう。どうだ?結構イカすじゃろ。このタイトルをつけたいのなら私を共作者の中に入れるのじゃ。印税の振込先は後で教える。ほれどうじゃ、ほ……な、何をする息子たちよ!私はお前たちの父だぞ!」

 すっかり我に返った大振と諸般は神父みたいな恰好をしているプロモーターを二人でボコボコに殴り始めた。

「うるさい何が父だ!貴様はいつ間にかなんで神職者みたいな恰好してここにいるんだ!さっさとこっから出てうせろ!」

「へっ?お二方さっきまで私のひざ元で泣いていたじゃありませんか!それなのにこの仕打ちはひどすぎる!」

「何が酷すぎる仕打ちだよ!変な格好して勝手に僕たちのサンクチュアリに入って来ないでくれる?ああ!どうしてくれるんだよ!君が突然乱入したせいでゴッドファーザーが消えてしまったじゃないか!」

「そのゴッドファーザーは実は私でして……」

「何が自分は神だ!貴様には不敬という概念がないのか!無礼にも不法侵入するだけでは収まらず自分を神だとまで自称するとは、全く呆れるにもほどがある!いいか!首にされないうちにさっさと出て失せろ!……おっと待て。出ていく前に協奏曲のタイトル今思いついたから教えてやる!俺と諸般の協奏曲は『フォルテシモ&ロマンティック協奏曲』だ!今すぐ関係各所を回って触れ回っておけ!天才大振拓人と諸般リストの初共作、初演奏の新曲は『フォルテシモ&ロマンティック協奏曲』だとな!」

「ひいい!くわばらくわばら!命だけはお助けを!マエストロ!ヴィルトゥオーゾ!今すぐ関係各所に協奏曲のタイトル伝えて参りまする!」

 大振の大喝を浴びたプロモーターは鼠の如く逃げ出した。大振はその惨めったらしい後姿を眺めていたがふと不意に我に返り諸般の方を向いた。諸般は目を剥いて彼を見つめていた。その諸般の表情を見て大振はすぐさま思わぬことを口走ったと謝ろうとしたが、諸般は大振が口を開く前に歓喜に目を潤ませてこう叫んだのだ。

「今言ったのが僕たちの協奏曲のタイトルかい?最高のじゃないか。ああ!僕と君から生まれた曲がフォルテシモ&ロマンティック協奏曲だなんて素敵じゃないか!どこまでも僕たちを表わした素敵なタイトルだよ。フォルテシモ!ロマンティック!ああ!世界の人々の喝采が聞こえてくるよ!」

 大振はこの諸般の言葉を聞いて感極まって号泣した。諸般もまた号泣していた。この神が地上に生みし音楽の兄弟たちは今ここでようやく一つになったのである。二人の涙の二重唱は甘すぎるほど感動的で、号泣して抱き合っている二人に感動している泣いている周りの人間の歯さえも溶かしきっていた。彼らは二人の感動的な抱擁を見て何故歯まで痛むのかわからなかっただろう。そして遠くない未来に自分が総入れ歯になってしまう事を予想だに出来なかっただろう。

 こうして様々な曲折を得てついにフォルテシモ&ロマンティック協奏曲へとたどり着いた二人はこの神からの授かりものをさらにブラッシュアップさせんがために曲の譜面を楽譜に起こし始めたのだった。二人のフォルテシモ&ロマンティック協奏曲は今までの困難ぶりが嘘のように次々と仕上がっていった。この我の強すぎる天才二人はなんと譲り合いの精神まで習得してしまったのだ。今まで電車の優先席で堂々と足を組んで座り何人たりとも、周りから冷たい視線を浴びても決して席を譲らないゼウスの如きエゴの持ち主てあった大振と諸般は今自らのエゴを天に捧げて共に神の曲の完成ために尽くしていた。「諸般、この部分はお前のピアノを中心にして俺のフォルテシモなオーケストラは背後にひっこめよう」「タクト、ここはボクのロマンティックなピアノがでしゃばる所じゃない。君のオーケストラが前面に出なきゃいけない」ああ!なんと素晴らしい共同作業か!きっと神は今まで離れ離れになっていた音楽の兄弟が今こうして二人で神曲を仕上げている所を目を細めながら見ているだろう!

 やがてこのLGBT時代最大の神曲『フォルテシモ&ロマンティック協奏曲』は完成した。諸般と大振は緊張感から解き放たれたのか神曲の完成と共に深い眠りに落ちた。熟睡している二人の周りには神からの祝福だろうか後光が差している。寝ている二人の周りにいたオーケストラの面々は二人のあまりの崇高な姿に思わず姿勢を正した。二人が完成させた神曲は三楽章制であるが、これはピアノ協奏曲では典型的な構成であった。天才の二人が作ったにしてはあまりにオーソドックスであるが、なんとこの構成を主張したのは大振である。大振は諸般のロマンティックなピアノを輝かせるために三楽章制を主張したのである。諸般はこれに感激したが、しかしそれだと大振のフォルテシモなオーケストラの見せ場が減ってしまうと疑問を投げかけた。その果てしない譲り合いの協議の結果、ラストの三楽章は大振の交響曲の第四楽章と、諸般のピアノソナタの第三楽章を合体させたものになった。こうして完成した第三楽章は一二楽章の倍となり、フォルテシモとロマンティックの壮大なソナタとなった。大振と諸般のそれぞれの楽想が平行に奏でられ、時に対立し、時に惹かれ合い、クライマックスで完全に総合するという構成だ。それは二人の友情、いや愛の軌跡をフォルテシモなほどロマンティックになぞったものである。また全演奏時間は二時間をゆうに超える大作であり、ピアノ協奏曲としては前代未聞のものであった。


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