大衆食堂
夭折の天才画家春巻成斗の遺作『大衆食堂』がついに一般公開される事になった。この絵はタイトル通り春巻がよく通っていた大衆食堂をモチーフにしたもので彼の全作品の中で最も巨大なものである。その縦三メートル、横四メートルのキャンバスには大衆食堂の店内が異様なまでの生々しさで描かれていた。赤ら顔で店員のおばちゃんに話しかけるオヤジ。酒瓶を片手に寝ている爺さん。ペラペラと連れと話しているおばちゃん。その喧騒の中隅っこで一人黙々と食べている男は画家自身だろうか。しかしこの絵の主題はこれらの人物ではなく、あくまで料理である。ラーメン、餃子、とんかつ、ニラ焼き定食、串焼き、チャーハン等がまるで手にとって食べられそうなほど描かれていた。
この絵は画題も地味で絵もまた基本的に写実的なものでなんの変哲もないと思われそうなものだが、しかしこの絵は不思議な事にルネッサンス時代の絵のような壮大さがあった。それはきっと画家がこの大衆食堂を深く愛したが故に徹底的に描いたからだろう。春巻はそれほどこの食堂を愛した。画のモチーフとなった店の従業員の話によると春巻はその突然の死の直前まで店に通っていたという。
先日春巻の遺作『大衆食堂』の一般公開に先んじてある場所でテレビの春巻成斗の特集番組の収録ために生前の春巻の友人だった文化人たちを呼んで彼の遺作が公開された。皆この遺作に亡き友人の在りし日の姿を思い涙し、天才画家春巻成斗の才能を惜しんだ。
文化人たちは口々に春巻の遺作『大衆食堂』を褒めちぎった。最高傑作を遺して死ぬなんてとか、死なずにいればこの傑作を遥かに超える作品を生み出していたかもとか文化人たちは感嘆と共に口にした。だが一人だけ無言でやたら厳しい顔をしている白い服の男がいた。その男は周りの人間が春巻の遺作を褒めちぎるのが苛立たしがったのか、突然立ち上がって声を荒げて喋り出した。
「何が最高傑作だよ!何が死なずにいたらこれよりも凄い作品がかけただよ!君らは俺よりもずっと春巻と近しかったんだろ?なのにどうしてアイツをこんな栄養価なんてまるで考えていないジャンクフードショップに行くのを止めなかったんだ!俺は医者でもあるから絵に書かれているジャンクフードショップがどんだけ酷いものかすぐにわかるんだ!お前らが美味そうだと持ち上げるのは添加物ばかり、農薬まみれのものばかりだ。描いてるものの光っぷりはまさしくそれだよ!あそこに描かれてるニラ焼きなんか粉まで吹いているじゃないか!それに店の衛生環境の最悪だ!ほら、換気扇のあたりの壁をみろ!異様に黒ずんでいるじゃないか!あれはきっと厨房がとんでもなく汚染されているからだ!これは清掃をろくに行わないために起こっている事だ!あと店の壁のそこら中にカビが生えている。多分春巻はこんな環境の果てしなく悪い店にずっと入り浸って毒にしかならないこんなラーメンだの餃子だのを食っていたから体調を悪化させたんだ!これはもう悪き生活習慣による無意識の自殺だよ!それか環境による殺害だ!まさか君らの中にコイツと一緒にこの絵のモデルの店に行ったやつはいないよな!いるんだったら今すぐに俺の診断を受けろ!いいか?そのまま放っておいたら助かる命も助からないんだぞ!」
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