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《長編小説》全身女優モエコ 高校生編 第十二話:一触即発!

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 とうとう全国高等学校演劇大会の県大会の日がやって来た。モエコ達演劇部は大会の二日目に出場することになっている。その二日目の朝早く、モエコ達演劇部員はバスに乗って県大会の開催地である県庁所在地へと向かった。

 バスの中で顧問がモエコたち部員に向かって、この調子だったらブロック大会に行けるぞと言った時、モエコがいきなりブロック大会って何よ!と大声を上げた。顧問はあんまりのモエコの無知ぶりに呆れて、県大会で上位に選ばれてもそのまま全国大会に進めるわけじゃない。全国大会に出場するためには、全国を9つのブロックに分けて行われる大会を上位の成績で突破しなきゃならないんだと詳しく説明した。

 それを聞いたモエコは「ああ!めんどくさいわね!なんで県大会からまっすぐ全国に行けないのよ!全国の観客が私を待っているのに!」とブンむくれになってしまった。顧問がそのモエコに向かってさらにブロック大会が1月に開かれると言うと、モエコはさらにブンむくれもうひたすら「ああ!どうしてそんなに大会をやるのよ!私の貴重な時間を奪いたいわけ?人生は短し恋せよ乙女って言うじゃない!」と喚き散らした。そして顧問がダメ押しのように全国大会は来年の8月だと言うと、モエコは怒るより絶望し、「演劇大会を呪うわ!私は漬物なの?一年もこんなど田舎に漬けられて全国に向かって羽ばたけないなんて!」と悲痛な叫びを上げた。そのモエコに向かって部長がしんみりした表情で言った。

「モエコちゃん。僕は三年だから今年で一杯で終わりなんだ。だからブロック大会までしか君といることが出来ないんだ。だけど僕はそれまで君を……」

 しかしモエコは部長の話を全く聞いておらず、すでにホセ役の部員に向かって喋りかけていた。

「ところでホセ君!あなた何年生だっけ?」

「ホセ君?俺にはちゃんとした名前があるんだけど?」

「黙りなさい!今私はあなたが何年生か聞いてるの?」

「い、いや俺も三年生だけど……っていうか俺お前の先輩だぞ!いい加減に命令口調で俺を……」

「あああ!どうしたらいいの?来年の全国大会までに新しいホセ君を見つけなきゃいけないじゃないの!どうしたらいいの!どうしたらいいの!また一から新しいホセ君を鍛え上げなきゃいけないなんて!」

 モエコはひたすら悲嘆に暮れていたが誰もそんな彼女に声をかけることが出来なかった。というよりモエコが恐ろしすぎて誰も声をかけられなかった。


 そうしているうちにバスは県大会が行われる会場に近づき運転士が会場の近くにきたことををマイクでアナウンスすると、モエコはハッとして立ち上がると、目の前に見える会場を眺めたのだった。

 ああ!さすが県庁所在地の施設。地区大会の公民館レベルのものとは比べ物にならない。運転士の話によればここには劇団四季も公演に来た事があるそうだ。モエコはそれを聞いてときめき、ああ!自分もミュージカルで歌ってみたいわといきなり歌い出したが、その場にいた全員が耳を塞いだ。

 やがてバスが駐車場に止まりモエコたちは降りる準備始めたが、その時モエコは外を見て他の高校の連中がそれぞれの高校のバスから降り、駐車場で集合しているのを見た。それを見たモエコはいきなりバスの降り口に向かった。そして降り口に立ち止まると彼女はいきなり制服を脱ぎ、そして脱いだ制服を遠くに向かって投げたのである。

 そのモエコのあまりにも突飛な行動にバスに乗っていた部員は勿論、近くにいた他の高校の演劇部員も呆然として彼女を凝縮した。モエコは彼らの前でただの女子高生から一瞬にして狂おしいほどの情熱の女カルメンになってしまった。制服を脱ぎ捨てカルメンの衣装を剥き出しにしたモエコはバスの降り口の前で情熱的にフラメンコを踊った。その場にいた一同はすっかりこのモエコに見惚れてしまった。モエコのカルメンを見慣れているはずの部員たちでさえ陶然としてしまった。

 やがて踊り終わったモエコに誰かが彼女が放り投げた制服をおずおずと差し出してきた。モエコに向かって制服を差し出したのはいがぐり頭の田舎の高校生だった。モエコは緊張に震えている高校生に向かって蠱惑的な笑みを浮かべエレガントに礼を述べて制服を受け取った。すると突然周りから拍手が起こった。ああ!モエコは一瞬にして駐車場にいた連中の目に自らの存在を焼き付けてしまった。彼らはそれぞれの高校の控え室に入るなり、自分たちの芝居のことはそっちのけでモエコについて語りだした。例のいがぐり少年にいたってはその場で鼻血を出して倒れてしまい救急車に担ぎ込まれてしまったほどだ。


 さてモエコたち演劇部はド派手な騒動を起こして他の高校生の視線を浴びながら自校の控室に向かったが、それからしばらくすると演劇大会の観客たちが次々とやってきた。高校生の大会なので観客は出場校の高校生たちがほとんどだが、その中にちらほらと一般の観客も来ていた。当然モエコの高校の生徒たちも応援に駆けつけていたが、何故か引率に教頭もついて来ていた。

 演劇部が二年ぶりに県大会に出場することになったので、すぐに学校をあげて会場に応援に行く事が決まったが、その職員会議で教頭が自分が引率するとか言い出したのだ。その際教頭は新聞記事を手に今年は県大会どころか全国大会さえいけるかもしれないとまで言った。教頭の話を聞いていた教員たちは今まで演劇に対して関心がないどころかむしろ嫌っていたと思われた教頭がなぜ今になってこれほど演劇部に肩入れするのか不思議がったが、これはもう彼がモエコのために理性をなくし始めていることの証明であった。教頭はモエコへの抑えようとしても抑えきれぬ欲望のために確実に何かを捨て始めていた。

 教頭は生徒たちをバスから降ろすなり、生徒に向かって観劇の心構えや会場での注意。これらを守れなかったら演劇部が失格になるかもしれなという警告等を延々と喋っていた。彼は説教にウンザリする生徒を無視してただ一人陶酔したように喋りまくっていた。しかし突然教頭は話を止めた。彼の前に髪の長い男が近づいて来たからである。

 女子生徒たちは突然現れた男のフーテンみたいな格好にときめき思わずため息を漏らした。その女子生徒の注目を浴びた男は教頭に近づいて、久しぶりですねと挨拶をした。教頭は男の登場に驚きろくに返事をすることができなかった。それもその筈である。そこにいた男とは、あの画家崩れの御曹司だったからだ。

 やがて我を取り戻した教頭は我知らず声を張り上げて御曹司に尋ねた。

「あなた、どうしてここにいるんですか?」

「嫌だなぁ、勿論演劇部の応援に決まってるじゃないですか。大体今回の出し物の背景は僕が担当してるんですよ。先生、もしかして僕に来られると困ることがあるんですか?」

「そんなことはないですよ!あなたがわざわざ応援にいらして下さるとは。演劇部に代わってお礼を申し上げます!」

 御曹司はこの教頭の動揺をどうにか取り繕った態度に思わず笑った。そして教頭の耳元に口を寄せて少し話したい事があると言った。教頭は御曹司の言葉にハッとして目を見開いた。彼は御曹司のニヤついた表情ですべてを察したのだ。


 教頭は他の教師に開演までには戻るから生徒をよろしくと伝えて御曹司と連れだって歩いた。御曹司は彼に向かって笑いながら、こんな事人のいるところじゃ話せないでしょと言った。教頭はその言葉を聞いて背中が寒くなった。

 二人はそうして歩いていたが、御曹司がここでいいかと言って、会場の裏の人気がないところで立ち止まった。そして彼は教頭に向き直って言った。

「まず単刀直入にあなたに聞きたいんだが、あなたモエちゃんのいわゆるお友達の一人だよな?あの時モエちゃんが校長室で俺をお友達だって紹介した時アンタえらくびっくりしてたんでね、ピンと来たわけさ!なあそうなんだろ?正直に言えよ」

 教頭は一瞬何のことだと惚けようとした。これは恐らく無意識の防衛本能であった。しかし彼はすぐに下手な嘘をついても無駄だと思い直した。実際もはや事態は嘘をついて誤魔化すとかそういう段階を超えていた。それは御曹司の異様な目つきが証明している。だから彼は体の震えを必死で抑えながら答えたのだ。

「いかにも、私は彼女とは友達の間柄です。だがそれは決して不純な行為ではない!私はあくまで教師として彼女に接しているのです!確かに生徒と教師という関係にしては親密にすぎるかもしれない。だがそれはあの哀れな少女を非行に走らせないために必要なことなのだ!」

 御曹司に向かってこう言い切った時、彼は自分の言葉を心から信じようとした。言葉通り自分は教師としてモエコに接しているのだ。ああ!自分の醜い欲情よ、消えてしまえ!自分とモエコは教師と生徒の子弟の絆で結ばれているのだ!しかし御曹司は彼の言葉をせせら笑った。

「ハハハハ!教師として親身にですか。あなたね、下手なウソはやめなさいよ。アンタだってモエちゃんとヤりたいんだろ?私は正直に言いますよ。ええ、ヤりたいですよ。今すぐにね!」

 教頭はそう言った御曹司の薄気味悪い笑みに心底悍ましいものを感じた。彼はこの男の魔の手から何としてもモエコを守らねばならぬと思った。だから彼は御曹司に向かってこう言い放ったのだ。

「お願いだから二度とモエコに近づかないでくれ!もしこれからもモエコに付き纏うなら私にだって考えがあるぞ!」

「考えがある?面白い。で、あなたは俺にどうしようというのか。言っとくが近づくなって言われたって俺はそんな事聞きゃしないよ。それどころか俺は理事に掛け合ってアンタを学校からクビにする事が出来るんだぜ。アンタ、もしかして警察にたれこむ気じゃないだろうな?」

「あなたがモエコから手を引かなかったらそうするしかない!学校の生徒を守るのは教師としての当然の務めだ!」

「ハハハハハハ!かっこいいねぇ!テメエの醜い欲情を隠して正義感気取りか!言っとくが警察なんかにたれ込んだら、アンタ教師どころか社会人として終わりだよ?二度とここじゃ暮らせなくなるぜ!そしてアンタとモエちゃんとのお友達関係も終了だ!逆に俺はこんな微罪で逮捕されようが全然平気なんだよ!拘置所でちょっと臭い飯食ってシャバに出たらすぐにモエコを東京に連れてってやる!そしたらアンタの努力はすべて水の泡になるじゃないか。そうならないようには……」

 と御曹司は話を止めた。そしてヌッと教頭に顔を近づけてこう言ったのだ。

「逆にアンタがモエコから手を引けばいいんだ。アンタだって自分と彼女が不釣り合いだってことはうすうすわかっているはずだ。アンタみたいな冴えない田舎教師とこんな田舎じゃありえないぐらいの美少女のモエコじゃハッキリ言って住む世界が違うんだよ!あんな美少女にはそれなりの男が必要だ。財産もありルックスにも恵まれた男が。……ひとついいことを教えてやろっか?この大会が終わったらね。僕のためにモエコはヌードになってくれるんだ」

「ヌード?」

 教頭は御曹司の発言の意図がわからず思わず聞き返した。

「そう、ヌードさ。例の背景を手伝う時にね、彼女は僕と約束したんだよ。背景を手伝ったお礼に僕にヌードを描かせてくれるって。あなたにもこれがどういう意味かわかっているよね?」

 この言葉を聞いて教頭は愕然としてしまった。ああなんてことだ!舞台の背景ごときでこんな男に処女を捧げようとするなんて!あの時校長室で私の前で泣きながら礼を言ったときにはもうこの男とヌードの約束をしていたのか!モエコよ!お前は私に対してはいつも足で踏みつけるばかりで胸のシャツのボタンさえ外そうとしなかったじゃないか!ああ!やめさせねばならん!こんな醜悪な舞台などやめさせねばならん!教頭はいきなり頭を抱えだし何度も自分の頭を叩き、そして突然会場御曹司に背中を向けて歩きだした。

 御曹司も教頭とともに歩き出し、後ろから必死でかれに向かって話しかけた。

「おい、アンタどうするつもりだ。まさかモエちゃんを学校に連れ戻すとか考えちゃいないだろうな?だがそんな事しても無駄だぜ!もうモエコは俺のものなんだからな!もうわかっただろ?おとなしくモエちゃんから手を引くんだよ。アンタを次期の校長にでも推薦してやるから!」

 しかし教頭は彼の話に耳を傾けずスタスタと早足で歩いて行くだけだ。その時突然駐車場の車からクラクションが鳴った。その音の大きさに驚いて御曹司は立ち止まったが、教頭は全く耳に入らなかったようで早足で歩いて行った。

 御曹司はクラクションの音のした方向を見てそこに一台のランボルギーニがあるのを見た。彼はこの九州の地方都市と風景とランボルギーニのミスマッチぶりに思わず笑ってしまった。しかしその時もう一度クラクションが鳴った時には、なんだか自分に対して鳴らされているように思えてきて妙な背筋の寒さを感じた。


 モエコ達演劇部は出番を前にして最後のミーティングをしていた。どの部員も完全に舞台への準備は出来ていた。それを見ていた顧問は自分の生徒たちを心底頼もしいと思った。きっと部員たちは完璧に舞台をやり遂げるだろう。後はその舞台を審査員たちがどう判断するかだ。舞台芸術は当然スポーツとは違いその成績の良し悪しは当然人の主観によって判断される。だからモエコたちがいくらカルメンを全力で演じても必ずしも審査員が皆高い評価を下すとは限らないのだ。地区大会では確かにモエコ達の舞台はずば抜けていた。しかし県大会には錚々たる名門校が出場しているのだ。地区大会のようには上手くはいかないはずだ。だが彼は部員たちに今年こそ県大会に行かせて上げたかった。今彼の目の前ではモエコが最後の総仕上げにとすっかり痩せきって力石みたいになってしまったホセ役の三年生を腕でぶん回している。他の生徒はそのモエコをそんな事やったらホセが死んでしまうと必死で止めていた。そしてとうとうホセ役をぶん投げたモエコは皆に向かって言った。

「みんな、この県大会はあくまで通過点よ!私達の目標はあくまで全国よ!だけど通過点だからって油断しちゃダメ!あくまで全身で、舞台と心中するつもりで演じるのよ!」









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