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AIでシティポップを作る

 シティポップ再評価ブームで一躍脚光を浴びた伝説のシンガーKIYOSHI YAMAKAWAの人気は数年経った今でも衰えない。シティポップの名盤中の名盤『アドヴェンチャー・ナイト』今この夜も世界中でプレイされ、恋人たちのワンナイトの冒険のナビゲーターになっている。そのソウルフルなボイス、シルキーなアレンジは恋人たちを確実に夜の目的地まで連れて行くだろう。

 このKIYOSHI YAMAKAWAというシティポップの最高のシンガーは『アドヴェンチャー・ナイト』の前に四枚アルバムを出している。しかしそれらは本格的なソウルシンガーを目指した彼の本格的なソウルアルバムであり、当時の日本では理解されず全くといっていいほど売れなかった。レコード会社はKIYOSHI YAMAKAWAを売り込もうとしてすでに制作に入っていた次のアルバムの曲を無理矢理当時流行っていたシティポップ風にアレンジし、出来上がったアルバムに『シティポップのキング登場!スティーリー・ダンの完璧さとボズ・スキャッグスの熱いソウルを持つ男が歌う危険な恋のアドベンチャー!』と何とも言えない帯びをつけて彼を新たにシティポップシンガーとして売り出したのであった。そのレコード会社のやり方に激しい失望を覚えたKIYOSHI YAMAKAWAは「俺はアメリカに本物のソウルを探しにいく」と言葉を残して日本を去った。しかし時が経ち彼が失望し音楽業界を去る原因となったいわくつきのアルバムが突然注目される事になった。それがシティポップの名盤中の名盤といわれる『アドヴェンチャー・ナイト』である。

 だがその盛り上がりの中肝心のKIYOSHI YAMAKAWAは今もなお行方知れずであり、音楽業界を去ってからずっとメディアに姿を表す事はなかった。時折シティポップの帝王なる彼の偽物が現れたが、本人の消息は全く判明しなかった。

 世界中のリスナーはKIYOSHI YAMAKAWAが音楽界に復帰するのをひたすら待った。だがKIYOSHI YAMAKAWAはいつまで経っても現れず、それどころか本人の生死さえわからないという状況にもう耐えられなかった。リスナーたちはいつしかどんな形でもいいから彼の歌が聴きたいと思うようになった。

 その全世界のKIYOSHI YAMAKAWAリスナーの飢餓感を救うために世界トップのAI会社が立ち上がった。AI会社はプレスリリースで我が社のAI技術ならKIYOSHI YAMAKAWAの新曲を作るどころか本人の人格を丸ごと再現出来ると発信した。

 全世界のリスナーはAI会社の試みに懐疑的であったが、しかしKIYOSHI YAMAKAWAへの上がそれに勝った。いつしかリスナーたちはKIYOSHI YAMAKAWAのAI発表を激しく渇望するようになったのである。

 さてそんなこんなで月日が経ちいよいよKIYOSHI YAMAKAWAのAIが発表される事になった。今回の発表ではKIYOSHI YAMAKAWAのAIによる新曲ののみならずなんと彼自身のAIまでが登場するという。もうリスナーたちにとってはいたせり尽せりのAI様々のサービスである。リスナーたちはいくらAIであっても愛するKIYOSHI YAMAKAWAが新曲を歌う事だけで全てが満たされた。ずっと夢に見ていたKIYOSHI YAMAKAWAとの邂逅。今発表会の会場にいるリスナーは固唾を飲んで発表の時を待った。

 KIYOSHI YAMAKAWAのAの発表の前にまずは今回招かれたゲストによる挨拶が行われた。最初はDJ OSUGIである。

「DJ OSUGIです。今僕はこの歴史的な発表の舞台でヤバいぐらい緊張してます。ずっと憧れていた伝説の人が今AIという形で蘇って新曲まで出すのを見ることができるなんて、ずっとKIYOSHI YAMAKAWAさんに憧れてDJをやっていたのが報われたなって思いました。皆さん、とにかくこの奇跡的な瞬間を一人一人の目と耳に焼き付けましょう!」

 次に挨拶に立ったのは音楽ライターの上曽根愛子である。

「皆さん、はじめまして。私音楽ライターの上曽根愛子です。私如きただの音楽ライターが音楽界の第一線でご活躍されている皆様方とご一緒に並ばせて頂くのはあまりに場違いなのですが、おこがましくも挨拶をさせていただきます。私も彼の一ファンとしてKIYOSHI YAMAKAWAの新曲を聴きたいという思いは皆さまたと同じように持っています。AIで発せられる彼のソウルフルなヴォイスを聴くのが待ちきれません!」

 その後に続いて音楽界で活躍する若手ベテランのアーティストたちや、音楽界の重鎮が挨拶し、最後にAI会社の日本法人社長の挨拶で締められいよいよKIYOSHI YAMAKAWAのAIの発表の時が来た。場内は異様な緊張感であった。その緊張感のせいで壁まで震えた。

 やがて客席の明かりが落ちステージのバックスクリーンに現役時代のKIYOSHI YAMAKAWAの映像が映った。その映像の中で『アドヴェンチャー・ナイト』のレコードジャケットが一瞬映った瞬間会場から歓声が轟いた。それはリスナーにとっておなじみのスポーツカーで助手席に金髪の女を侍らせているKIYOSHI YAMAKAWAの写真と、その左に巻き付いた例の『シティポップのキング登場!スティーリー・ダンの完璧さとボズ・スキャッグスの熱いソウルを持つ男が歌う危険な恋のアドベンチャー!』の帯だった。これを見て会場は俄然盛り上がった。しばらくすると一部の観客は待ちきれず早く新曲を聴かせろとコールまでし始めた。AIという形で再び現れたKIYOSHI YAMAKAWAに会場全体が震えていた。

 やがてバックスクリーンが観音扉のように厳かに開きそこからおそらく3D映像で映しているであろうKIYOSHI YAMAKAWAその人が現れた。これもAIで生成されているに違いない。壇上のKIYOSHI YAMAKAWAは昔と全く変わらなかった。これを見て昔のリスナーはすっかり老いた自分を見て時の流れというものを感じたであろう。自分はすっかり老いたが、KIYOSHI YAMAKAWAはあの頃のままだ。その昔と全く変わらないKIYOSHI YAMAKAWAが今まで自分を追っかけてくれたファン、そしてすっかり忘れられた自分を発見してくれた若者たちの為に待望の新曲を歌う。その姿に会場だけでなく壇上にいるDJ OSUGIや上曽根愛子も涙した。KIYOSHI YAMAKAWAはAIのデータに入っていたらしいラジカセからカセットテープを引っ張り出し巻き戻してから再びラジカセに入れた。そして彼はラジカセのボタンを押してソウルフルに歌い始めた。

「あ~!アヴァンチュール・ナイトぉ~♬ わわわわーっ♬ 熱海の夜はぁ~♬ わわわわーっ♬」

 突然飛び出したZ級に酷い歌謡曲風の旋律に会場はまず仰け反り、続いてダメ押しのように歌われるウルトラZな歌唱にその場にいた全員が倒れた。壇上のDJ OSUGIや上曽根愛子はあっと叫んで過去の被害を思い出したのであった。

 歌い終えたKIYOSHI YAMAKAWAのAIは上機嫌にこれもデータに入っていたらしいレコードジャケットを取り出して自慢げにこう宣った。

「どうだ!俺の喉ちんこが震える歌にビビっただろ?これが俺のアヴァンチュール・ナイトだ!」

 そのプロジェクターのKIYOSHI YAMAKAWAが持っている3Dのレコードのジャケット帯にはこんなコピーがプリントされていた。

『シティポップの帝王登場!スティーリー・ダンの完璧さとボズ・スキャッグスの熱いソウルを持つ男が歌う危険な恋のアドベンチャー!』

 これを見た会場の全員が立ち上がり一斉にKIYOSHI YAMAKAWAを指さして叫んだ。

「お前誰だよ!」

 そしてKIYOSHI YAMAKAWAの偽物被害者の会代表理事のDJ OSUGIや上曽根愛子は続けてこう叫んだ。

「お前AIでもだれおまかよ!」


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