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全身マスク! 最終話:驚愕の大団円!

第22話 連載小説『全員マスク!』

 勇者ジョニーの言葉を鼻で笑うエリー。何がプレゼンよ。そんなものに意味があるのかしら、いくら私の罪を晒して訴えても権力の前ではそんなものゴミカス。エリーは無駄無駄無駄と高笑いしてジョニーのプレゼン続行の申し出を却下する。無限の権力。やみのころもを纏ったエリー。そのころもを剥ぐためのキーアイテムはひかりのたま。だが今ここでズボンを脱いでひかるたまを晒すのは恥ずかしすぎる。

 そんな絶対絶命の状況のジョニー。だが何故か余裕綽々だ。その不遜な態度はアメコミのヒーローそのもの。エリーに人差し指をかざしてアメコミよろしくチッチッチと振りまくるジョニー。相対するはラスボスの最終形態地獄のエリー。エリーはジョニーの悪ふざけに呆れ果てて言う。

「ジョニー、どういうつもり?申し訳ないけど私はあなたのおままごとに付き合っている暇はないの。今から警備員を呼んであなたたちを拘束しなくちゃいけないんだから」

 それからエリーは切ない目でジョニーを見つめて囁く。

「さよならジョニー。合計したら二日もなかったけどあなたと過ごした濃厚な日々は決して忘れないわ。そしてあの熱く燃え上がった夜のことも。来世で会えたらその時こそ……」

 と、さよならを告げてスマホを取り出したエリー。しかし、そこに部屋中に響くほどのバカでかいスマホの通知音。エリーは何事と驚きてスマホから顔を上げる。そこに彼女見たのはスマホを手に誰かと喋っているジョニー。「今部屋の前にいるんだな?」の念押しの言葉。ジョニー間をおいて電話に向かって指示を出す。

「いいぜ中に入って来いよ」

 すると取締役会の会議場のドアが全開に開きそこからうじゃうじゃと人が入ってくる。そこには四十から十才ぐらいの年齢バラバラの男女たち。その周りを保護者らしきものたちが囲む。エリーは突然のこの集団の登場を驚きの目で眺めていたが、ふとその中にしょぼくれた老人の姿を認めて衝撃のあまり再び床にへたり込んだ。ああ!そこにいるのは戸籍上の祖父にして自分のパパ活相手の一ノ瀬家斉ではないか!何故にここに!しかもこんなに大勢の人まで連れて!

「エリカ、ワシを助けてくれ!真夜中から朝にかけてコイツらが続々とやってきて自分を子として認知しろとワシに訴えてきたんじゃ!ワシはどうしたらええんじゃ〜!」

「母の遺影に誓って上げて下さい!私があなたの子ですと!そしてあなたに散々苦しめられた母に詫びの印に子である私を認知してあなたの財産を譲りなさい!」

「オラ、この体が覚えているだよ。あん時の最後のひと突きがこの子を孕ませたんだべ。ほれみれ。これがお父さんの顔だべさ」

「コラこのジジイ!よくもワイの相方をレイプしまくりおったなぁ!命は取らんからその代わりおんどれの命分の金よこさんかい!」

etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……etc……

「エリー!助けてくれ!ワシはこのままだとポックリ逝ってしまいそうだぁ〜!」

 このあり得ぬほどの阿鼻叫喚ぶりを見て唖然とするエリー。ジョニーはそのエリーをチラリとみてそして彼らに呼びかける。

「そんなボケた爺さんに何を言っても無駄だぜ。要望ならここにおわす爺さんの財産の相続者である一ノ瀬エリカさんに言いな」

 地獄の果て。皆がへたり込むエリーの周りを囲んでエリーを問い詰める。罵倒、嘆願。恐喝、告訴の準備。その様はまるで十月革命。今のエリーはプロレタリアートから罵倒されまくる処刑待ちのニコライ二世の一族そのもの。これぞ本物の革命。エリザベート皇后のハプスブルク家に対する反抗など児戯に等しい。

 その時誰ぞがポックリ動かなくなっている一ノ瀬のジジイを発見して大騒ぎ。救急車も呼ばす我こそ後継者と硬直したジジイの体を引っ張りあって俺のモンだと殴り合いながらどこぞへと連れてゆく。台風一過のような会議場。沈黙が訪れたところでエリーは叫びまくる。

「今のはなんなのよ!あなた一体何をしたのよ!」

 ドラクエの勇者にしてアメコミヒーローのジョニー。軽く息を吐いてナイスなセリフで締める。

「エリー、アメリカのビジネスはヨーロッパよく遥かにスピーディーなんだ。俺は昨夜リッツカールトンのお前の部屋から出てすぐに行動を開始した。まずはBluetoothをつけてのお前の話の再確認と分析。そこに出てきた一ノ瀬家斉ってボケジジイの調査。いろんなサイトから引き出した情報。そしてSNSや掲示板にそいつの情報をぶっ込んでの一台拡散さ。隠し子さんいらっしゃ〜い。今後継者を自称しているのは実はお孫さんじゃなくてお爺さんとパパ活してる人なんですよぁ〜!全国にいる隠し子は当然この事実に我慢ができない。明け方にはバズりまくりの一大イベントだ。勿論隠し子とその親族と連絡して奴らにジジイを攫ってここに連れて来いと指示したのは俺。Outlookの一斉メールでボタンひとつさ。エリー、世界情勢は一秒、いやコンマで動く。オマエのヨーロッパのように能天気にバカンスなんかしてたらたちまちのうちに世界から取り残されちまう。この世界にとって必要なのはノンベンたらりんとしたヨーロッパじゃなくて、秒速で動く俺とキャロラインの光速に輝くアメリカなんだ!」

「何がアメリカだ!伝統も気品もない野蛮国家が!私を舐めるなよ!さぁ警備員たち!早くこの部屋に来てコイツら全員拘束しなさい!」

 エリーの血まみれボイスで叫ばれた拘束命令。しかし警備員たちは来ず、取締役の中のマスクアノンのメンバーらしき連中も消えてしまった。その現実を目の当たりにしたエリー。完全なる敗北を察して床を激しく叩いて涙交じりにジョニーに訴える。

「何故、なぜこんなことをしたのよ!昨日のあなたは私に完全にガチ惚れしていたじゃない!媚薬を仕込んでいた事がバレた時のあなたはホント可愛かったわ!正直に言って私昨日の夜喋った事なんて何にも覚えてなかったけど、あなたが時に涙を流して声をかけてくれた事だけは覚えているわ!計画は完璧だったのに、何もかも上手くいっていたのに、あなたさえ私のものになってくれていたら全てがうまくいっていたのに!なぜよ!なぜあなたは私を最後に裏切ってこんなマスクも外せないような整形失敗ブスの所に戻ったのよ!」

 昨夜のエリーの話を聞いていて度々感じた憐れみの感情が今また蘇る。昨夜のラグジュアリールームでエリーの話を聞いて涙したのは決して嘘泣きじゃない。何度も感じたガチ惚れの予感。だけどそんな時浮かぶのはカルフォルニアの浜辺のような眩しいキャロラインのスマイル。発売中止して数十年を得て復活したビーチボーイズの失われた名盤のように永遠に続く想い。ジョニーはしばしエリーとキャロラインを交互に見つめて口を開く。

「確かに俺は昨夜何度も自分を見失いそうになった。なんもかんも忘れてオマエのラグジュアリーなボディに飛び込みたくなった。だけど俺はその時ふと自分が一つ大事な事を忘れているのに気付いたんだ。俺はまだキャロラインのマスクの下を見ていない事に!」

 ジョニーの相変わらずのマスクの下見たい宣言。キャロラインは衆徒の前で堂々開陳されたジョニーの戯言に恥ずかしくて顔を赤らめる。だが今日はいつもと違って聞こえる。純粋な想い。ジョニーからは想像できない天然水100%のようなそんな想いを。

「ハン、あなたバカじゃないの!私ずっとあなたに言ってるでしょ!この元デブのブッチャーは整形に失敗したからマスクで顔半分隠しているのよ!顔半分はきっと小学生の頃よりも酷い整形失敗顔が収まっているに決まっているわ!あなたはあくまでもそんな元デブの整形失敗女の見たいと言うの!」

「見たいに決まっているだろ!」

 部屋内に轟くジョニーの絶叫。その場にいたものの耳を貫く。彼の声に最も貫かれたのはキャロライン。目を見開いてジョニーを見る。ジョニーはそのキャロラインを潤んだ目で見つめそして天に向かって叫ぶ。

「だって俺キャロラインをマジで愛しているから!世界で一番愛している人の全てを見たいって誰だって思うだろ!」

 取締役会議場がラノベのコミケ会場と化すようなスメルズ・ライク・ティーン・スピリットなジョニーの告白。キャロラインはこのアラレもない自分への告白を聞いて顔真っ赤っ赤。ああ!このバカ!こんなところで何を喚いているのよ!だがいつものクズゴミジョニーからは想像できないピュアっぷりに自然と胸が高まってしまう。しかし彼女はまたこうも思う。ジョニーの中のこれ以上捨てられないほどのクズゴミの集積場の中には驚くばかりに輝くダイヤの如き純粋なピュアがある。だから私は彼をプロジェクトに誘ったんだ。そのピュアがたまらなく……

「なんですって!好きな人の全てが見たい?そんなら今すぐ見せてやるわよ!この整形失敗ブスの惨め極まる素顔を気の済むまで見ればいいわ!」

 狂乱のエリー。再び立ち上がって絶叫してエリーを襲う。ジョニーはあまりの速さに反応出来ず事態を見守ることしかできない。キャロラインはカンフーでエリーに手刀を喰らわそうとするが、エリーそれを避けキャロラインの顔目掛けて思いっきり手を振り下ろす。空ぶったかに見えたが、エリーのダークネイルの爪に引っかかっているのはキャロラインのMASKrespectのマスク。今初めて顕現されたキャロラインの素顔。それを見た一同。その姿に驚いて声を上げる。

「ざまあみろブッチャー!ほら、みんな見ているよ!アンタの整形失敗のブサイクな顔をさ!」

 今まで誰も見たことのなかったキャロラインの素顔。一同はおっかなびっくりで何度も見る。そしてどこからともなく溢れるため息。ジョニーは初めてみたキャロラインの素顔を見てつぶやく。

「やべえ、マジでオマエキャロラインなのか?」

「こ、これは不滅の黄金比そのものじゃないか!目下からアゴにかけて立体の実にパーフェクションな構造。これは人造では決して出来ない天然のものだ!まさか不滅の黄金比を持つ日本人がいたなんて!しかもモデルや芸能人じゃなくてただの一般人に!」

 感嘆とともにこう漏らしたのはマーティンこと宮島。だがマーティンはエリーの睨みに怯えて口を閉ざす。キャロラインのマスクを剥いだエリー。絶叫の代わりに聞こえてきた感嘆のため息に憤然とするエリー。キャロラインの晒し顔をしかと見るために怒りを込めて顔を上げる。どうせ意外にもまともだったからみんな驚いているだけ。平均並みの顔。今日のために高須クリニックで急遽メンテナンスしたごまかし顔。さぁその恥晒しの素顔を見せなさいとキャロラインの顔をみたエリーの衝撃。人生史上最大限の衝撃を受けてエリーは本日三度目のダウンをする。ああ!整形尽くしまくりの自分には残酷なほどよくわかる!元ブッチャーカオリの美顔が整形じゃなくて天然だって事に!人生最大級の屈辱。半生の総決算的な大敗北。もはや理性を失ったエリー。もう喚くことしかできない。

「ブッチャー!そんな美顔を持っていながらなぜ今までずっと顔を隠していたのよ!ずっとマスクで美顔隠してこのブスどもって優越感にでも浸っていたわけ?整形の果てに手に入れたこの私の顔を見てアンタはきっと心の中で笑っていたんだわ!ああ!アンタはいつもそうよ!金持ちで都会育ちで全てに恵まれていて!さらに美貌だって勝手に天から降りてきたんだから!アンタはきっとずっと顔をマスクで隠して自分の顔に付加価値を持たせてきたんだわ!ああ!わかったわ!アンタがどうしてアメリカで広告界のカリスマになったか!アンタはマスクで自分の顔を隠して男たちに値踏みさせていたのよ!ずっとそうやって自分の顔を高く売りつけてきたんだわ!」

 エリーの負け犬の遠吠えにしてはあまりにも悲痛すぎる絶叫。小学校からの因縁の相手からありったけの羨望と怨念をぶつけられたキャロライン。静かに目を閉じて押し黙る。しばらくして再び目を見開いたキャロライン。惨めに這いつくばったエリーに向かって語りかける。

「エリカ、申し訳ないけどあなたの推測全部間違っているわ。まず最初に言っとくけど、私自分のこの顔全く好きじゃないの。むしろ大嫌いだった。あなたのように整形したくなるほどね。あれは中学生の頃よ。私はデブだのブッチャーだのとあなたをはじめいろんな人からバカにされたのが悔しくて中学に入ってから死ぬほどの努力をしてダイエットしたの。一度なんか即身仏になりかけたぐらいよ。そしてダイエットに成功してから周りの私を見る目が急に変わったの。みんな興味深げに私の頬のあたりを見だすようになった。一度なんかある画家さんに道端で呼び止められて褒めるつもりか知らないけど君の頬から顎にかけてのラインは奇跡的なぐらい美しいよ。きっとダヴィンチだってモデルにしたがったぐらいにねなんて言われたりしたこともある。私は毎日そんなふうにみんながこの顔をちやほやしているの腹が立ってこの顔を激しく憎むようになったの。自分は顔の下半分だけが取り柄の人形じゃない。もっとまともな人間ってなんだと思って私はアメリカに留学する事に決めたの。アメリカは実力主義の国。美貌なんかで人の価値を判断しないだろうって。だけどアメリカでも一緒だった。みんなが私をパーフェクトナチュラルだの、ゴールデン・レティオだの言って散々私を持て囃したわ!私はこの現実に心底絶望していっそブサイクに整形しちまえと思った。だけどあなたみたいに勇気のない私にはそれは出来なかった。そうしてどうしたら人に色眼鏡で見られないかっていろいろ考えた挙句思いついたのがマスクよ。マスクだったら自分の顔を隠せる。顔じゃなくて能力で人に認められる。私はそう考えてマスクをつけ続ける事にしたの。エリカ。私ね、自慢じゃないけど今まで仕事相手にこの顔を晒した事は一度もないの。私はこの広告業界でただ私の実力だけで生き抜いてきた!それは顔だけで人の価値を判断する男連中へのレジスタンスのため。私の小さくて弱いプライドをずっと守り続けていくためよ!」

 今のフェミニズムやLGBTの問題を全て語り尽くすようなら大演説。その場にいた男ども。ルッキズム満載の己を顧みて恥ずかしさのあまり俯く。そのルッキズムの代表選手。ルッキニストの中のルッキニストジョニーは居た堪れず、ハエ叩きで己がルッキズムを追い出さんと自らの頭をペシペシと叩く。すでに進行不可能になった取締役会。社長を代表とする取締役たちが這いつくばるエリーを置いて次々と議場を去ってゆく。全てに敗北しプライドをズタズタにされたエリー。地獄の底から張り裂けんばかりの声で泣き叫ぶ。

「えり坊なすて泣いてるだ。ほれ、おめえの好きな芋の煮っころがす持ってきただよ」

 随分聞いていなかった懐かしい声に驚いたエリー。泣くのをやめてハッとして上を見上げる。そこにいたのは子供の頃よく食べた芋の煮っころがしをもった父とその後ろで心配そうな顔で自分を見つめる母の顔。二人とも相変わらずまな板みたいなアゴ。昔あれほど嫌いまくっていた顔が今は泣けるほど懐かしい。高校ぶりに会った両親。アゴを削ってすっかり変わった自分に昔とまるで変わらない態度で接して……。だけどなぜこんな所にと驚くエリーに家族の間に割り込んできたジョニーが真相を話す。

「ワリイなエリー。昨夜お前から両親の住所と電話番号聞いてたから連絡してわざわざここに来てもらったんだよ。オマエ両親には何年も会ってねえって言うからそれってマズくねえと思ってさ。俺こっぱずかしいけど毎年田舎に帰ってるんだよね。やっぱり親にとっては子供はいつまでも子供なんだよ。そんな親に何年も元気な姿を見せてねえってのはさ」

「やかましいわボケ!……っていうか、おい私!なんでそんなガチの個人情報までコイツに話してんのよ!」

「えり坊。人様になんて口きくだ。この人がわんざわんざ家に電話すておんめえの居場所おすえてくれただよ?ほんれ、いつまでも寝そべってねえで一緒にウチに帰るだ。……おい、どすた?なんだ立てねえべか。おい、おっ母!そっちの方持ってくんろ。えり坊立てねえだよ」

「わかっただよ。うんじゃオラも力出してえり坊担ぐだ。だけんどえり坊、その恰好はなんだべさ。もすかすて家を飛び出すてから池袋あたりでヤンキーすとったんか?シンナー吸ってお巡りさんにめいわぐがけて。家に帰ったらたっぷり叱ってやるから覚悟しとくだよ」

 事情を全く知らない両親に担がれ恥さらしの退場をするエリー。退場間際に憎しみを込めてキャロラインとジョニーを烈しく睨みつけて叫ぶ。

「この屈辱は必ず晴らしてやる!すぐにお前たちの前に帰ってくるから、その時まで首を洗って待っときなさいよ」

「えり坊おんめえ!また人様に怒鳴って!今度やったらおっとうに拳固すてもらうだよ!」


 去り行くエリーを見送るジョニーとキャロライン。敗北者エリーの後姿に自分のした事への罪悪感を感じて目を伏せるジョニー。キャロラインは微笑んでそのジョニーを励ます。

「エリカはあれでへこむほどやわな女じゃないわよ。きっとアイツは帰ってくる。もっと強くなってきっと私たちの前に現れる。いや、もしかしたら敵じゃないかもしれないけど……」

「キャロライン」とささやいて彼女を見たジョニー。しかしそこで見たのはいつの間にかマスクで完全装備したキャロライン。おい、もういい加減にと言おうとした瞬間。二人の他にたった一人議場に残っていたマーティンが突然絶叫して議場から飛び出していった。飛び出すマーティンを見てジョニーは青ざめた。まさかアイツ……。


 マーティンとは同期の腐れ縁。仲は悪いが、ライバルとして切磋琢磨した。マーティンはインテリでプライドの高い人間。俺が一番といつも周りの人間をバカにしていた。だがマーティンはインテリゆえに挫折には果てしなく弱い。ちょっとの事ですぐ挫けてしまう。ヤバイぐらい当たる危険な勘。マーティンは確実にスーサイド。デヴィッド・BOOWYボウイと氷室のロックンロール・スーサイド。本気でやられたらたまったもんじゃないぜ。すぐさまマーティンを追って駆けだすジョニー。駆けながらキャロラインにすぐ済むからちょっと待ってろと言い残す。だが、キャロラインもまた危険を察してジョニーの後を追う。忽ちのうちにジョニーに追いついたキャロライン。ジョニーに向かって「あなた一人に任せられないわ」と力強く言う。その声に励まされてジョニー全速力でマーティンの後を追う。

 夕暮れの吹き曝しの屋上。フェンスの前に立つのはここを墓場と決めた男。ジョニーはその男を呼び止める。

「ヘイ、マーティン!そんなバカな事はやめろ!お前はまだひな鳥なんだ。自由に空なんか飛べないぜ!」

「最後まで俺をマーティンって呼ぶのかよ!俺には宮島って名前があるんだぞ!へっ、だけどそう呼びたきゃ俺が死んだ後でいつでもそう呼びやいいさ。もう全て終わったんだ。あのなんとかアノンのインチキ女に騙されとんでもない悪事に手を染めてしまっていた。もう俺には帰る場所なんてないんだ!」

「マーティン、さっきも言っただろ?お前はまだひな鳥なんだよ。ひな鳥は親の巣で何度も失敗して学んでいくじゃないか。お前はその学びの途中なんだ。だからたった一度の失敗でアイキャンフライなんてやけを起こして空を飛ぶ真似なんかするなよ!」

 キャロラインはジョニーとマーティンを黙って見守る。ここは二人の聖域。自分は黙って見守るしかない。だけどその見守りSwitchの母のような視線がマーティンにスーサイドを思いとどまらせる。死へとダイブする自分を引き留めようとしているジョニーとキャロラインの視線。それは仲間に向ける視線。今まで必要とせずに無視していた仲間。ああ!俺はやっぱりどこかで仲間を求めていたんだ!マーティンはフェンスを握りしめて号泣した。

「あああああ~!やっぱり俺は死にたくない!たった一人で死ぬのはごめんだ!死ぬんだったら仲間たちに囲まれて死にたい!」

「マーティン、今から俺たちがその仲間だ。オマエも全身マスク!プロジェクトに入れよ。俺たちはいつだってお前を歓迎するぜ」

「いいのか?俺は一度は敵だった男だぜ?」

「バカやろ、昨日の敵は今日も敵だって諺もあるだろ?」

「沢村、お前ってホントバカだな。今日も敵だったらなんで俺を歓迎するんだよ。今日の味方だよ、み・か・た!」

 かつて敵だった二人が仲直りして談笑する様を見て微笑ましく思うキャロライン。そのキャロラインに向かってジョニーがマーティンをメンバーに入れていいかと聞いてくる。キャロラインはマーティンの今まで憂鬱だった顔が晴れやかになっているのを見て笑顔でOKだと答えた。そこに丁度隠れていた雲からひょっこり現れた夕陽。屋上の若人たちの輝かしい未来ごと眩しく照らし出す。


 さて、場所は変わってジョニーとキャロラインが今いるのは夜のとばりが降りたオフィスビルの真下にある公園。スーサイドを思いとどまらせたマーティンを一人屋上に放置してビルごとロックして出た二人。で、今はなんかいい雰囲気になっている。ジョニーは照れながらキャロラインに向かって話しかける。

「あの、もう一度素顔見せてくれないか。俺さっき取締役会議の部屋で言ったけどやっぱり愛している人のすべてが見たいんだよ。俺のマイハート、わかってくれよベイビー」

 ジョニーの言葉にマスクの下で微笑を浮かべるキャロライン。ああ!満更でもないって感じだ。夜のとばりは完全に降り切ってすでに空は官能的なまでの闇一色。街灯だけが照らす公園は睦言を交わすにはもってこいの場所。キャロライン、微笑んだままジョニーを見つめこう返す。

「でもその前に……。あの……一つ聞いていい?別に答えたくなかったら答えなくてもいいんだけど」

「ベイビー、俺は三国一の正直者だぜ。答えられない事なんて何一つねえよ」

 ジョニーの答えに目を潤ませるキャロライン。彼女は勇気を出してジョニーに質問する。

「で、あなた。昨日の夜エリカとヤったの?」

「へっ?」

「へ?じゃないわよ。あなた今なんでも答えるって言ったわよね?その通りに答えなさいよ!もう一度聞くわよ。あなたエリカとヤ・っ・た・の?ファックしたの?」

「あ…ああ多分やってないよ!やってたら恥知らずにもお前に告れるかよ」

「なによその自信のなさマックスな返答は!アンタエリカとやるために媚薬まで用意したっていうじゃない!全くアンタの言うことはなんも信用できないわ!もういい!早くアンタのスマホ私に貸しなさい!私が直々にエリカのデータ聞いてやるわ!どうせさっき流さなかったところ沢山あるんでしょ!残らず調べてやるから今すぐスマホ私に寄越せ!」

「これはダメだ!こんなものを聞かせたら俺はもう破滅だぁ!」

※※※

 成田空港の滑走路を歩くトレンディな奴ら、エンジェル抜きのホンマもの。男女7人夏物語からの続くトレンディドラマの伝統。全員マスクに肩パットのロングコートを靡かせて風に吹かれながら横一列に並んで歩く。中心には遥カオリことキャロライン。彼女の左には沢村譲ことジョニー。反対側の右には宮島ことマーティンが歩いている。その三人の外側にはとりあえず人員補充で集められた社長をはじめとした取締役のジジイども。そして何故か端っこに一ノ瀬エリカことエリーもいる。皆立ち止まり全員マスク!で埋め尽くされた空港を眺めて感慨に浸る。飛び立つ飛行機にはMASKrespectのマスク。その飛行機を補助する車やオートバイにもMASKrespectのマスク。今日本ではマスクがトレンディ。町中が全員マスクのMASKrespectのマスクで溢れている。

 前方に見えるのは日本の明るい未来を照らす太陽。もうじきあの太陽もマスクをつけるさと冗談を言ったのはジョニー。すかさずジョニーに突っ込んだのはマーティン。その青年たちの戯れを笑ったのはエリー。だけどキャロライン。ジョニーの提案にマジ顔で頷きこう宣言する。

「いずれあの太陽にもマスクを着けさせて見せるわ!……な~んてね!」

 こう言って大笑いするキャロライン。そのキャロラインに口々に突っ込むジョニーたち。マスクの夢は果てしなく広がる。ふきっ晒しの大空。そこに見えるMASKrespectのロゴのまんまの雲。トレンディな奴らは全員足を止めて雲を見る。自ら作ったマスクが巨大な雲になったのを見たジョニー。しばしその雲を見た後で仲間に向かってこう言う。

「いずれにせよ俺たちの夢はまだ始まったばかりなんだ!」

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