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両手両利き

 就業時刻になるといつも颯爽とオフィスから出ていくこの男、ひだり雄右ゆうすけには裏の顔があった。裏の顔と書くとなんだかアメコミのヒーロー物みたいなものを想像するかもしれないが、残念ながらそんなワクワクしたようなものではない。もっとありふれてつまらないものだ。

 左雄右は会社のビルを出て地下鉄の駅への階段を降りると早速ポケットからスマホを取り出した。この瞬間に左はただのサラリーマンから世を騒がせるインフルエンサーへと変わった。彼はログインページで表示されたアカウント名とパスワードの一覧から「ゆうすけ」を選択してログインした。

 ゆうすけはネトウヨの代表的なインフルエンサーとして知られ、その毎日呟かれる外国人やマイノリティへのレイシズム満載の発言はネトウヨたちから絶大な支持を得ていた。ゆうすけは頻繁にリベラルや左翼や共産党支持者に絡み彼らをひたすら罵倒したり、また一部の明らかにバカげている極端な発言を晒し者にしていぢめていた。ゆうすけのフォロワー数は十万人を超え右も左も彼のつぶやきは、肯定するにしろ否定するにしろ、無視出来ないものになっていた。

 左は「ゆうすけ」のマイページを見てほくそ笑んだ。おや今日はフォロワー異常に増えてるな。一日で300人じゃん。ひょっとしてゆうすけの最高記録?ヤバいね。有料noteも儲かってるし最近ゆうすけ調子がいいよ。左はこのフォロワー数の急激な増加を見て勢いがついたのかいつものようにレイシズム満載の、今日はレイシズムたっぷりの画像のデザートもつけて、発言をしまくったのだった。


 電車が乗り換えの駅につくと左はさっと「ゆうすけ」からログアウトしてスマホを閉じた。そして電車から降りて乗り換えのホームに着くと彼はまた例のSNSを開いて今度は「左側通行」のアカウントにログインした。

 左は「左側通行」のアカウントを見てまたほくそ笑んだ。こっちもフォロー数が爆増している。左側通行250人いってるのかよ。こりゃゆうすけを超えるかもな。こっちの有料noteも儲かってるし、いよいよゆうすけに並ぶ時が来たかぁ?

 左側通行は左がネトウヨアカウントの「ゆうすけ」の成功に気をよくして今度は左で儲けようとして作ったアカウントである。左側通行はアカウント名から容易に想像できる通り典型的はネトサヨアカウントで、彼の正義感に満ちたリベラルフェミ政府批判満載のつぶやきはネトサヨの一般人や左翼の著名人に頻繁に引用されて称えられていた。左は「ゆうすけ」と同じように「左側通行」でも逆側から同じようなことを行なった。彼は頻繁にネトウヨに絡んで痛罵し、また一部のネトウヨのアホみたいな極端な発言を晒しものにしていぢめ抜いた。左側通行のフォロワー数もいつの間にか十万人近くになりゆうすけの背中が見えるところまで来ていた。

 左はこの「左側通行」の成長ぶりに喜んでさらに成長させてやると勢い付いていつもよりも激しくネトウヨを罵った呟きをしたのだった。

 電車の中で左は二つのアカウントを頻繁に切り替えて自分の発言の反響を確認していた。彼は自分の発言に賛同したり否定したり引用したりしするネトウヨやネトサヨ連中を見てなんてバカな連中だと嘲笑った。俺はネトウヨでもネトサヨでもないただのビジネスマンだよ。お前らは俺が撒いた餌に食いついてきた金魚でしかねえんだよ。さぁ餌やるから早く金出せよ。全くネトウヨネトサヨ演じるだけでこんなに稼げるなんて思わなかったぜ。まぁこんな事俺みたいな両手両利きの頭のいい人間にしかできねえけどな。

 左はインフルエンサーとして全てが上手くいっている事に完全に舞い上がっていた。彼のインフルエンサーとしての収入は会社員の給与とほぼ同額になっていた。このまま本格的にインフルエンサーになったらもしかしたら収入倍増するんじゃねえか。左はそんな事さえ考えた。彼は左側通行のコメント欄を見てそこにゆうすけがこんなレイシズム的な発言をしていたというタレコミを読んだ。これを見て左は思わず電車の中で爆笑した。彼はそりゃ俺が言ってるんだよこのバカ!とタレコミをしてきたユーザーに思いっきり突っ込んだ。しかし左はここでふと考えた。このバカのタレコミにわざと乗って左側通行とゆうすけでプロレスやったら面白いんじゃないかと。彼は前にもゆうすけと左側通行を絡ませた事がある。しかしその時はバレるのが怖くて一言二言で終わらせてしまった。だけど今は俺もコイツらも別人格として成長したし、バレる心配はない。左はこう考えると早速タレコミにこう返信した。

「わざわざ情報ありがとう。このネトウヨのバカ大将のバカ発言にはいつも呆れていたけど、今回はもう完全に底を踏み抜いたって感じだね。いいよ。僕が奴を徹底的に叩きのめしてやるから」

 それから「左側通行」と「ゆうすけ」の熱いバトルが始まった。左は二人の論争を五角の戦いに持ち込もうとそれぞれのアカウントでコメントする前に必ずググって調べ尽くした。左は互いのコメントを書きながらいいしれぬ全能感を感じていた。ネトウヨもネトウヨも俺の手中にある。さぁ盛り上がれよ。ネトウヨよ、ネトサヨよ。これが両手両利きの天才左雄右様の華麗なるショーだ!

 しかしその時左はどちらかのコメント欄でこんなコメントを見つけて衝撃のあまり凍りついてスマホを車両の床に落としてしまった。そのコメントにはこう書かれてあった。

「あの〜、左側通行さんとゆうすけさんのコメントが逆になっているように見えるんですけどこれってなんですか?サーバーのトラブルのせいでしょうか?」

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