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《連載小説》全身女優モエコ 芸能界編 第七話:モエコドラマ出演決定!
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このプロデューサーの一言を聞いたモエコは思いっきり目をひん剥いてプロデューサーを凝視した。モエコはあまりに衝撃的過ぎる事実を聞かされて頭が真っ白になっているようだった。そしてモエコは崩れ落ち、床を叩きつけて全身から絞り出すような声で叫んだ。
「ど……どういう事。どういうことよーっ!」
「このジジイ!純真な田舎の美少女のモエコを騙しやがって!なんでモエコが演じる杉本愛美が主役じゃないのよ!おかしいじゃない!あんなシンデレラみたいな不幸な美少女がただの脇役だなんて!モエコ抗議するわ!断じてそんな事許さないわ!」
「いや、そんなこと言っても台本がそうなってるんだよ。だいたい君はドラマの中盤から登場することになるんだよ。主役がドラマの途中から出るなんてありえないじゃないか」
「そんなものモエコの知ったことじゃないわよ!モエコはただ愛美ちゃんが可愛そうなだけよ!こんな不幸な子が主役にもなれず脇役で一生を終えなきゃならないなんて残酷すぎるわ!あなた達は愛美ちゃんをどれだけいぢめれば気が済むのよ!」
やっぱり予想通り、いや予想よりも最悪な事態になってしまった。もう何もかも終わりだ。一作ちょい役でドラマに出ただけの新人女優が自分を重要な役に抜擢してくれたプロデューサーになんで自分は主役じゃないのと暴言を吐くだなんて前代未聞だ。ああ!これでこのドラマは終わり。そしてモエコはやっぱりイスタンブールだと猪狩が頭を抱えた時、突然プロデューサーが笑い出したのだった。
「君、面白いなぁ~。社長の言うとおりだ。こんな無茶苦茶な女優見たことないよ」
鶴亀もプロデューサーと同じように笑いながらこう話しかけた。
「せやろ?おもろい子やろ。この子最初会った時ワシに殴りかかって来たんやで。まるで火山みたいやろ?芸名の通りやないか」
モエコは笑いながら自分を語るこの二人の爺さんにブンむくれしてブーブー文句を言った。
「何がおかしいんだ!このジジイども!モエコが愛美ちゃんいぢめに抗議しているのがそんなに面白いのか!」
「いやいや、そうじゃない。私は君という存在が面白いと思ったんだ。君のように登場人物のために本気で抗議する人間なんて今まで見たこともなかったからね」
「当たり前じゃない!あんないぢめられづくしの不幸な女の子がスポットライトを浴びることもなく退場するなんてありえないわ!」
「わかった、わかった。で、さっき私は君に対して主役じゃないと言ったけど、少々言葉足らずだったからあらためて説明するよ。確かに君はこのドラマの主役じゃない。だけどこのドラマそもそも群像劇だからそもそも主役なんていないんだよ。ただメインキャラクターが数人いるだけさ。誰が主役であるか判断するのはテレビの前の視聴者なんだ。ということは視聴者に最も印象に残った人間こそこのドラマの主役なんだ。私がなぜ君を杉本愛美役に選んだかわかるかね?それは君こそが最も杉本愛美にふさわしく、そして一番視聴者に強い印象を与えられると思ったからだ」
これはうまい説得だと猪狩は思った。プロデューサーの言っていることはあからさまなデタラメなのだが、単純な熱血漢のモエコにはこの説得が一番効果的だと感じた。さすが海千山千の芸能人を扱ってきた手練れのプロデューサーだ。モエコはプロデューサーの言葉にすっかり目を潤ませて歓喜に咽んでいるではないか。
「ああ!あなたの言うとおりよ!さっきジジイなんて言ってごめんなさい!あなたは立派な足ながおじさんだわ!あなたがボケて介護が必要になったらモエコ足ながおじさん募金に一億円振り込んで上げるわ!そうよ!主役は与えれるものじゃなくて自分で勝ち取るもの!モエコ命を賭けて杉本愛美を主役にしてみせるわ!」
プロデューサーは笑顔でモエコの言葉の節々に相槌を打ち、そして彼女が喋り終わるとしばし間を置いてから口を開いた。
「で、モエコさん、一つ質問なんだが、君、三日月エリカと大ゲンカしたっていうのは本当なのかね?」
三日月エリカ。モエコはその名前を聞いて全身を震わせた。三日月エリカ!三日月エリカ!未だにあの屈辱は忘れられない。あのシンデレラを侮辱した舞台。あのすべての役者を侮蔑した態度。何よりも許せなかったのは大噴火から命からがら逃げてきた自分に対して三日月がマグマで丸焼きになってしまえと言い放ったことだ。ああ!三日月エリカ!今度あったら殺してやりたい!
「本当よ!あの畜生女はモエコに向かってマグマに溺れて死んでしまえばいいって言ったのよ!」
それを聞いたプロデューサーは何故か鶴岡と顔を見合わせた。それから続けてモエコに聞いた。
「そうか。で、君はその三日月エリカとドラマで共演することになるんだけどそれはわかっているよね?」
この言葉を聞いてモエコは烈火のごとく怒った。
「なんで三日月なんかがいるのよ!アイツがこの神聖なドラマに存在するなんて身の毛もよだつわ!まさか私の愛美ちゃんをいぢめるため……?ああ!あの畜生を追い出して!このドラマにをあんな人間に汚されたくないわ!」
モエコはどうやら三日月がこのドラマに、しかも実質主演で出ていることを、すっかり忘れていた。真理子が度々三日月の出ているドラマが面白いとこのドラマの話をしていたのを聞いていたにもかかわらず、重要な役に抜擢された喜びで三日月のことは完全に記憶から飛んでしまったようだ。ああ!最後の最後でこれかと私は再び頭を抱えたが、プロデューサーは笑みを浮かべながらモエコを嗜めるようにこう言ったのだ。
「何を言っているんだ。君は女優だろ?女優だったら三日月を演技でやっつければいいじゃないか。それをなんだい、追い出せって。君は三日月エリカがそんなに怖いのかい?三日月なんか君の演技力で簡単に倒せるだろうが」
このプロデューサーの言葉を聞いてモエコは発奮してこう宣った。
「三日月エリカからこの火山モエコが逃げるですって!そんな事モエコがするわけないじゃない!モエコ戦うわ!この女優としての演技力のすべてを使ってアイツをボコボコにしてやる!けちょんけちょんして私の前に土下座させてやるわ!」
そのモエコの圧倒的な決意表明を聞いて猪狩たちはおもわず感嘆のため息を漏らした。モエコはそれから取り憑かれたようにペンを持つと契約書に太字で『火山モエコ』とはっきり自分の名前を書いた。社長とプロデューサーは二人でモエコのサインを確認すると向き合ってニヤリと笑った。それから猪狩はプロデューサーから今後のスケジュールについて説明され、そして最後に部屋の外で別れの挨拶をしたのだが、その時プロデューサーは猪狩を廊下の隅に呼び寄せていわくありげな顔でこう言ったのだ。
「あの子、ズブの素人だろ?まあ……一応忠告しとくけど覚悟だけはしておくように。この芸能界にはいろんな人間がいる。彼女も芸能人になったんだからそういう人たちと交流してこの世界のルールを体で学ばなせなきゃならん。まぁよろしく頼むよ」