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Benny そうだろ? 〜忘れられたシティポップに捧ぐメモリー

 岡崎紅子、愛称Bennyは遅れてきたシティポップアーティストだった。彼女はビーイングだの小室だの渋谷系だのダサい連中が跋扈していた90年代の後半に現れて21世紀を迎える前に三枚のアルバム残してひっそりと消え去った幻のアーティストだ。彼女の曲はデビューの頃はタイアップかなんかあったりして少しはテレビやラジオで流れていたけど、でも全然人気出なかったからそのうちどっからも彼女の曲は聴けなくなった。

 でもBennyに注目しているやつはいたんだぜ。カッペくせいビーイングだの、アホしか聴かねえ小室サウンドだの、おしゃれ気取りのイカくせえガキしか聴かねえ渋谷系だの、そんな連中を全部バカにしてファンクを基準にジャズから戦前の歌謡曲まで嗜む音楽通(つまり俺らのことさ)がいたんだ。俺らみんなBennyに夢中だった。毎週土曜の夜に貸切のカフェでやっていたたBennyナイト。いずれ本人呼ぼうぜなんてはしゃいでた。俺ら慣れない手つきでターンテーブル回したんだ。その時に使ったレコードはDJ用に買っていたやつなんだけどそのレコードってのが初回盤のみの限定盤。散々回していたら割れちゃって書い直そうとしたら偉いプレミアついてたから仕方なしに自分らのレコード使ったんだっけ。

 ひたすらメロウなサウンドに女の内面をしっとりと歌う仄かにセクシャルなボイス。最高だった。全然エロなこと歌ってねえんだけど、それでも熱いヴァイブはしっかりと感じたんだ。夜の濃密な部屋のBGM。彼女の音楽はマーヴィン・ゲイなんかよりずっと気持ちよかった。

 俺らいつも彼女が売れないことを愚痴ってたっけ?「でもさ、Bennyがこのまま消えるわけないよ。だって彼女の音楽最高じゃん。Bennyが売れないのは彼女のせいじゃないよ。ビーイングだの、小室だの、渋谷系とかガキ向けの音楽もどきしか聴かねえバカな日本人のせいだよ。海外だったら彼女は間違いなく注目されてクラブでプレイされまくるよ。少なくとも今流行ってるバカ音楽よりはね」ってダチの一人がこう熱く語り倒していたっけ。その時俺らこのクールな奴がBennyをこんなに熱く語るなんてってビビったけど、考えてみりゃ俺らみんなマイルス ・ディヴィスみたいにクールだけど、みんなその中に熱いハートを持っているんだ。

 ダチの予言はノストラダムスよりはるかに正確だった。俺らのBennyは21世紀も四半期を迎えようとしていた2019年突然youtubeでブレイクした。ブレイクのきっかけはこれも奴の予言通り海外のDJのプレイ動画。コメント欄には海外の俺らのコメントがそれぞれの母国語でズラリと並んでいた。

 その海外の評判を受けて我が国も慌ててBennyのCDとかレコードを再発しやがった。全く調子がいいね、今まで彼女を無視しまくってたくせにさ。だけど年をとって怒れる若者じゃなくなった俺ら、キャンディに釣られたガキみたいにレコードに向かうんだ。久しい仲間とのLINE。俺ら揃ってBennyの再発盤のCDとレコードの写真アップロードしたよ。みんな家族だって、早撃ちのバカ息子持った奴なんて孫もいるのにガキみたいにはしゃいでる。俺らのBennyナイトによく来ていたルイス・ブルックスみたいな髪型した子はどうしてるのかななんて語り合う。彼女もきっとBenny。絶対再発盤を買っているはずさ。

 だけど奇跡はこれで終わらなかった。今まで全く姿を見せなかったBennyが何十年ぶりにメディアの前に現れたんだ。久しぶりに見たBenny。年月の割に全く変わっていなかった。俺らはみんなただのジジイになっているのに。彼女だけ時間を超越してたんだ。でも当たり前さ、Bennyは事実唯一時間を操ることのできる人気なんだから。だって彼女はこう歌っていたじゃないか。

『時計の針を何度も巻き戻して、またあなたに会いたい』(Night Time)

 Benny そうだろ?

 Bennyのインタビュー。彼女はそこでブランクの間の日々とそしてこれからの音楽活動について語っていた。Bennyはその日々の中で自分を見つめ直してやっと本当の自分を見つけた。これからはもっとストレートにありのままの自分を出していきたいなんて語ってた。全てを曝け出したBenny。もうババアだぜなんて揶揄う奴がいたらサム・ペキンパーの映画みたいに蜂の巣にしてやるぜ。俺らのBenny。新しい君もきっとクールなんだろうね。Bennyはさらに嬉しいプレゼントをくれた。なんとBennyファン待望の初ライブの報告だ。彼女は現役時代一度もライブをやらなかった。つまり俺ら一度も実物の彼女を見た事がないんだ。彼女に会えたのはCDのジャケットや雑誌の半ページのインタビューだけ。テレビに何度か出た事があるらしいけど、YouTube検索しても全然出てこなかった。

 浮き立つ俺らBennyファン。年甲斐もなくはしゃいで元オリーブ読者で渋谷系なバカのカミさんに揶揄われた。「BennyBennyってうるさいわね。何子供にまでYouTube勧めてんのよ。そんなおじさんの聞く音楽あの子が聴くわけないでしょ?うちの子にはピチカートとオザケンがあるんだからそんなの聴かせないでよ」

「うるせえんだよクソババア!テメエなんか野宮真貴のスカートの下でも覗いてろっ!」

 ガキみたいにブチ切れる俺。でもBennyのことになると自分を抑えられないんだ。だってずっと消えていた最愛の人がやっと還ってきたのにクールでいられるなんて人間じゃないだろ?

 ライブの当日。青山のブルーノート的な小洒落たライブハウスで久しぶりに集まった俺ら。周りはYouTubeで初めて彼女を知ったんだろうガキどもで埋め尽くされてる。チケットは即ソールドアウト。全くこれだからミーハーは嫌だね。普段渋谷系なんてガキ音楽聞いてそうなチャイルド。君たちチャイルドシートに乗らなくていいのかい?バカどもを眺めて余裕かます俺ら年季の入ったオールドスクールなBennyファン。バカガキどもにルールってのを教えなきゃ。

 静かに登場した初生Bennyの格好をみて俺らオールドスクールなBennyファンは動揺した。Benmyどうしたんだいその肌を露出した衣装は。胸の谷間がくっきりと浮かんでいるじゃないか。覚醒したようにそこにステージの中央に立つBenny。バックバンドに長髪の男たちを従えて第一声を発するよ。意外に太い声。昔の華奢な彼女しか知らない俺らは驚愕もんさ。これが今の本当の君なのかい?ありのままのBennyを受け入れろって君は言うのかい?大胆にイメチェンしたマイエンジェル。ああ、受け入れるさ。『永遠に、夜の果てまで』(夜の果てへの旅)。

 Bennyはマイクを大胆に掴んで足を構えた。そしてギターが鳴り出した瞬間こう叫んだ。

『ワォー!逆立てた髪。吠える野獣。でも氷の私にはない!男ならぁ~ぶち破ってよぉ〜!氷をぉ~!熱い槍で貫かれるMidnight。ああ〜今二人は野獣になるわぁ〜!』

 ピロピロピロピロジャーン!

 昔の名曲をもこんな感じで歌うのを見て、俺らだけじゃなく、ここにいた連中の誰もが彼女の名曲Night Timeの歌詞を思い出して泣いただろう。

『時計の針を何度も巻き戻して、またあなたに会いたい』(Night Time)

 Benny そうだろ?

 俺らの無言の呼びかけもこの小洒落たライブハウスにふさわしからぬ爆音で遮られ、客は次々と出て行った。だけど僅かに残った俺らBennyファンは本当の自分へと激しすぎるほどの金切り声を上げて全力で走る彼女を止めようとステージのBennyに向かって彼女の名曲の歌詞を引用しながら泣いてこう叫んだ。

「時計の針ライブ前まで何度も戻して、早く昔のお前に会わせろよ!」

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