全身女優モエコ 第四部 第八話:モエコスタジオ入りする!
その当日、モエコは夜中の三時に目覚めた。起きると彼女はすぐに杉本愛美として生まれ変わるためにシャワーで自らを清めた。この田舎で育てた天然美少女の顔も、真ん中に桜のようにほんのりとした赤みのある白い乳房も、ビーナスのような腰も、白桃のようにたわわに実るお尻も数時間後には杉本愛美となる。モエコ目を覚ませとばかりにシャワーを顔面に当てた。ああ!愛美ちゃん!モエコはあなたを立派に演じてみせるわ!
シャワーから上がるとモエコは壁に掛けであるボロボロのシンデレラドレスと小机に置かれた未だに田舎の図書館に返していないシンデレラの絵本に、自分で描いたど下手くそにも程がある高校時代に演じたカルメンの絵と、そして今さっき描いたそれ以上にど下手くそにも程がある彼女が今日演じることになる杉本愛美を加えて祈りを捧げた。
「ああ!三人ともモエコを見守って!モエコは今日蛹から蝶になるのよ!田舎から出てきて苦節約二ヶ月半、モエコはとうとうヒロインとして輝く時がきたの!特に愛美ちゃん!あなたはモエコが間違った事をしたらちゃんと叱って!私はそんな娘じゃないって!きつくモエコを叱って!ああ!モエコは今日女優として羽ばたくのよ!」
モエコが夜も開けぬのに大声で喚いているのにたまらず真理子は起きた。せっかくの就寝時間をモエコの喚きで奪われたらたまったものではない。そう思ってモエコを黙らせようとしたのだが、彼女があまりにもピュアな表情で一心に祈りを捧げていたのを見て彼女を注意しようとしたことなどすっかり忘れて祈りを捧げるモエコに見惚れてしまった。
真理子が思わず見惚れたようにモエコはまるで聖女のように祈っていた。モエコは聖女とは程遠い人間であったが、役を演じる事にかけては神のために自らを犠牲にした聖女中の聖女であるジャンヌ・ダルクそのもののように取り組んだ。ああ!思い出した。彼女はジャンヌ・ダルクを舞台で演じた事があったがその時彼女は『私、今からジャンヌ・ダルクのように殉教します。だから皆さんさようなら。短い間でしたが、火山モエコを支えてくれてありがとうございました』と舞台の上で本気で殉教するつもりで我々に宛てて遺書を書いたものだ。その無茶苦茶さの狂気が今熱心に祈りを捧げるモエコには溢れていた。
私は明け方の五時にモエコの家に着いた。集合時間は朝の七時であり、車のまだ少ない今の時間なら余裕で現場につけるだろう。ベルを鳴らすと少し眠たげな真理子が出てきた。私は真理子にモエコはまだ寝てるのか?と聞くと真理子は私にモエコは今熱心に祈ってるところよと答えた。その通りであった。中からモエコの絶叫が飛んできたからである。
「ああ!シンデレラ!カルメン!そして杉本愛美ちゃん!モエコはもう行かなくてはいけないわ!だけどみんなモエコを見守って!モエコは本物の女優になってここに帰ってくるわ!」
しばらくしてガンギマリ状態のモエコが部屋から出てきた。私と真理子は無言で彼女を見守った。モエコは私の方を向くと現場が私を待っているわと異様に落ち着いた声で言った。そこにはもはや普段の不条理なまでにわがままで異様なまでの目立ちたがりやなモエコの姿はなく、一人の演じる役に殉教しようとする全身女優火山モエコの姿があった。真理子は今日はお昼からクイズ番組の収録だからモエコのドラマデビューを見守れないのが残念だと言ったが、モエコはそんな真理子に向かってそれは残念だわ、モエコの女優デビューはあなたに見守ってもらいたかったのに、と答えた。そして続けてこう言った。
「でも、これでいいんだわ!だって大スターは一人で輝かなくてはいけないんですもの!真理子あなたは安心してモエコが主演女優となるまで待っていて。モエコすぐに大スターになってあなたを友達役に迎えてあげるから!」
真理子は相変わらずのモエコっぷりに笑うと彼女を励まして言った。
「私も主演女優のモエちゃんに雇ってもらうために待ってるから、早く大スターになってね!」
私とモエコを載せた車は順調に進み、すぐに撮影現場の近くまできた。いよいよ現場の近くだと思うと体が震えてきた。待っているのは往年の映画俳優をはじめとした芸能界の大スターばかり。そんなところにこの礼儀知らずのわがまま娘を放り込んで大丈夫なのか。そして一番私が恐れたのはこの田舎育ちのバカ娘が人気アイドルの南峡一に騙されて乱暴されないかと言う事だった。
しかし車はそんな私の心配など無情にも素通りして収録スタジオに来てしまった。今まで黙りこくっていたモエコは車がスタジオの敷地内の駐車場に入った途端大騒ぎし、「早く車止めなさいよ!というかいっそ車ごと私をスタジオに突撃させなさいよ!」と喚き始めた。
私は自分からハンドルを奪って暴走を企むモエコから必死にハンドルを守り通して駐車場に着くと、モエコを下ろして一緒にスタジオへと向かった。間もなくスタジオの入り口の前に到着し、私とモエコは入り口の警備員に挨拶をしたのだが、警備員は私たちを疑って入り口を塞いでしまった。
「ちょっと見かけない顔だけどあなたたち何者?ここは関係者以外お断りなんだけど看板見てわかんない?」
芸能界は格付けが全ての世界。格付け決定戦のチャンピオンならどんなクズでもチヤホヤされる。モエコには格付けなどないに等しい。私はすぐに警備員にたいして身分を明かさなかった事を謝罪しモエコが何者であるか説明しようとしたが、この冬の朝に門前払いを食らわされたモエコが警備員と私の間に割り込んできて両手を腰に当てて警備員を怒鳴ちらした。
「あなた、私を誰だと思ってるの?私は杉本愛美役を演じる女優!そして未来の日本一の大女優火山モエコよ!わかった?わかったらさっさと道を開けなさい!」
この強烈な一喝を浴びた警備員は震え上がってすぐさま傍に退いた。私はあまりにも容易く予想できたモエコの行動よりも、モエコの一喝を浴びた警備員が容易く傍に退いた事に驚いた。芸能人や、その芸能人に近づいて悪さする怪しげな人間をいくらでも見ている筈の警備員が、ただの素人同然の小娘の一喝にびびってしまったのだ。彼はモエコに何を感じて恐れたのだろうか。いや、今となっては考えるまでもない。彼は自分を一喝する少女に未来の全身女優火山モエコをみたに違いない。あの火山の噴火のように噴き上がるような演技で世を興奮させた世紀の大女優。その全身女優火山モエコの一喝に震え上がったのだ。
スタジオ内に入ると今さっき警備員から連絡を受けたらしいプロデューサーとその部下が駆け足でやってきた。プロデューサーは私たちの所にやって来て「いやぁ、来てくれないかと思ったよ。モエコちゃん来てくれてありがとう!来てくれなかったら僕スタジオの屋上から飛び降りてたよ」と挨拶代わりの不謹慎極まる笑えない冗談を言って、早速私たちを楽屋へと案内した。プロデューサーの話によると楽屋は個室であるそうだ。流石に名も知れぬ新人女優でも、メインキャストの一人であるからにはそれなりの待遇をしなければならないからだろう。モエコは楽屋が個室だと知るといきなり大女優気取りで歩きはじめ、スタッフの挨拶にも「こちらこそよろしくお願いしますわ」と気取って返事し出した。
私たちはプロデューサーたちに楽屋の入り口まで案内されたが、そこでプロデューサーが私たち向かって言った。
「あの、二人共。着いて早々なんだけど、今すぐ海老島権三郎先生のとこに挨拶いってくれないか。海老島先生いつもは撮影開始ギリギリになってから来るのに今日はやたら早くてさ。特にモエコちゃんは新人だから早めに挨拶しないと睨まれて共演拒否されかねん」
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