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全員マスク! 第17話:ジョニー陥落す

第16話 連載小説『全員マスク!』 第18話

 観覧席の崇拝者どもをうっとりと眺めるエリー。かつてアゴのせいでハプスブルクといぢめらていた女。そのエリーは今整形の果てに手に入れた美貌と地位でハプスブルク家以上の絶対君主となった。マリー・アントワネット、エリザベート、そしていとしのエリー。エリー・マイラブ・ソー・スイート。ああ!もう限界だ。

 だがジョニーは黒人たちがダンボールから出したものを見て衝撃のあまり我にかえる。黒人たちが持っていたのはなんとMask Respectのマスク。キャロラインとの全身マスク!の中心にして象徴。こいつがいなかったら全身マスクは生まれない!それなのにそいつが今燃やされようとしている。厳かな儀式。黒人たちが柵の中の薪に火を焚べる。あからさまな消防法違反。ああ!そんなことしたらみんな死んじゃうじゃないかなんてのは無用な心配。クラブの天井がゆっくりと開いて満面の星空を見せて煙を逃す。轟々と燃えてきる炎に照らされたエリー。歓喜の表情で黒人たちに号令をかける。

「さっ、そのゴミを炎の中に投げ入れなさい!」

 その号令の元に次から次へと投げこまれるMask Respectのマスク。悍ましき儀式。勝利の見せつけ。悪魔のように歓喜するもういいよマスクのチームメンバーたち。洗練の果ての野蛮さ。ご満悦のエリーは指を鳴らして音楽を所望する。流れるブラック・ミュージック。このポリコレガン無視のつまらなさMAXなダジャレ広告そのものの悍ましさ。こんな事を考えるのは宮島ことマーティンのクソ野郎しかいない。

 そのマーティンのクソ野郎。最前列で燃えるMask respectを眺めてる。エリーの忠実な召使。キャリア欲しさにゴマを擦りまくる。ゴマのついでにゴマスリ棒もイケなく擦りまくるマーティン。へい、マーティン!いつからお前はそんなくだらない人間になっちまったんだい?

「もっとガバッといけよ!全然燃えてねえぞ!そんなんじゃエリカさんは喜ばねえぞ!」

 ゴマ擦り男マーティンの煽りにビビって手に持っていたマスクを日の中に打ち込む黒人たち。それをみて歓喜の馬鹿騒ぎをするもういいよマスクの連中。この世は力よりも金の資本性の構図。どんな逞しい体も金の前には腰を折ってしまう。ヘイ、ブラザー聞けよ。バックで鳴っているのはお前らのブラザーの音楽だぜ。そいつをこんな三流ダジャレのショーに使われて悔しくないのかい?マーチン・ルーサー・キングのメッセージはどこに消えた。マルコムXの怒りはどこに消えた。サム・クックにオーティス・レディングにジェイムズ・ブラウン。偉大なる先駆者たちから続いているブラック・ミュージックの伝統。それがこのバカどものおもちゃにされていいのかい?お前らがやらないんだったら俺がやる!

 黒人よりもずっとヒップホップを知ってると自称するジョニーの憤激。ジェイムズ・ブラウンもスライ&ファミリーストーンもジョージ・クリントンは俺のゴッドファーザー。ケンドリック・ラマーは俺のブラザー。ヘイ、ブラザー!俺のライムを聴け!エリーの恥知らずなまでの晒し呪術で唱えられた無限アパルトヘイトの呪縛。お前らを縛るその呪縛をこの俺のライムで解き放ってやる!

 入り口からまっすぐステージに駆けてゆくジョニー。今夜はフリースタイルの決勝戦。培ったスキルを今こそぶちまけてやれ!差別に怒り狂うジョニー。今有色人種を代表してエリーの前でライムのマシンガンを飛ばす。もうR指定どころかZ指定。今下半身に力を込めて零れ落ちそうなほどの怒りをエリーにぶつける。

「ヨォヨォ、このブス!お前は整形、お前はブス系、お前は……」

 だがここでボディガードの黒人のきつすぎる一発。ジョニーはたまらずノックダウンする。黒人たちはジョニーに呆れた顔でこう言う。

「沢村様、その私たち黒人をバカにするような酷いラップで皆様にご迷惑かけるのやめてください」

 これじゃまるでライムライト。もうコメディにすらならない。ブラザーだと勝手にシンパシー持っていた連中による残酷な指摘。明らかに場違いなお騒がせタレントのジョニー。エリーの前で崩れ落ちる。

「ハッハッハッ!ざまあないなぁ沢村ぁ~。何したかったのかよくわからんけど見事なまでの滑りっぷりだったぜ」

 と言って入ってきたのはマーティン事宮島。動けないジョニー悔しなきに悔しがる。このくそ野郎!エリーにこびりつくゴマ人間め。てめえなんかにバカにされる俺じゃないぜ!ジョニーは拳を上げて立ち上がる。俺はストリートファイター。てめえなんか一発だ。だがそこでまたジョニーを取り囲んだブラックパンサー。もうええ加減にせいと拳の乱れ打ちでジョニーを懲らしめる。再び地に沈んだジョニー。マーティンはそのジョニーに堂々勝利宣言を上げる。

「お前はもう負けたんだよ沢村。こんなみっともないことまでしてお前そんなにあの遥カオリって女に惚れたのか?エリカさんの誘いを蹴ってまであんな女についていく義理があるのか?昔のお前だったらさっさとあんな女捨ててとっくにエリカさんに鞍替えしていただろうが!」

「へっ、昔は昔、今は今だぜ!俺は愛に目覚めたんだ。俺に本物の愛を教えてくれたのは、キャロラインあいつだけだ!」

 自分さえ気づかなかった本音を吐き出すジョニー!言った後で自分でも驚いた。アダムとイブ、アダモちゃんとアダム、風邪薬とイブの区別もつかなかった俺。だけど今の俺は違う。俺はキャロラインとずっと一緒に生きるんだ。カルフォルニアの青い空。ビーチで泳ぐ俺たち。太陽は永遠に俺とキャロラインを照らして……。

「立派だわ!沢村君。いえジョニー。ますます好きになりそう。あいつがブッチャーだと知っても、マスクを外せない整形失敗のブスだと知ってもなおそんな事を言えるんだから」

 傲然と女王のようにジョニーの前に立ついとしのエリー。お前なんか愛してねえと吐き捨てても勝手にゴミ箱から戻ってくるこの感情。エリー、マイラブ・ソー・スイート。その唇晒しの口で喋るのはやめてくれ!朝っぱらから溜まっている怒りん棒が爆発しそうだ!

 フフッとフルヌードの唇を緩ませ怪しげな笑みを浮かべるエリー。ステージに差し出された何本ものワイン。燃え立つマスクのキャンプファイヤーを前にしてヒステリックに笑い、倒れているジョニーにワインをぶちまけるてこう叫んだ。

「この男を火の中に投げ入れなさい!」

 このエカテリーナ女帝の如き暴虐な命令に誰もが唖然とした。ジョニーはこの思わぬ事態に頭が真っ白になる。ああ!死ぬなんてごめんだ!まだキャロラインの唇すら見てないのに!助かりたい衝動。だけどそれでもキャロライン。お前を裏切ることはできない!

「何よ、みんな私の言うことが聞けないの?私はね、このワイン漬けの男を熱い炎で燃やせって言ってんの。コイツにこの一ノ瀬をバカにしたらどうなるか、熱い炎で味合わせてやるのよ!さぁ、やりなさい!」

 だが当然誰もやる人間はいない。殺人犯、無期懲役、死刑台。我が国家の死刑執行は当日の朝に告げられる。ヴィクトル・ユゴー、死刑囚最後の日。そんなのはうんざりだ。

「なに、手を挙げる人誰もいないの?宮島くん、あなた散々エリカ様に尽くしますって調子のいい事言っていたじゃない。全く使えなさにも程があるわ。仕方がないわね。この沢村穣は一ノ瀬エリカが直々に燃やしてやるわ」

 真っ黒くろすけの悍ましい笑みを浮かべてのたまう一ノ瀬エリカ。悍ましい中世への回帰。民主主義の誕生は夢のまた夢だ。エリカは凝結するジョニーを抱えた。そしてそのままジョニーを炎の中へ、いや自らの胸に抱き込んだ。

「ああジョニー!私があなたを誰よりも熱くさせてあげるわ!炎よりも熱く。ブッチャーが豚の丸焼きになるまで!さぁ、その貯まり切った下半身を爆発させなさい!鉄さえ燃えるほど激しく!」

 再び寝かされたジョニー。エリーはその晒し唇でジョニーの首筋から肩まで嘗め尽くす。腕で胸元を隠そうとするうぶな女子のジョニー。だけど大人のお姉さんのエリーはフルパワーでその腕を除けてジョニーのシャツを引きちぎる。この主人の狂態にビビる宮島をはじめとしたもういいよマスクのメンバー。衆人環視の中で始まる一大ストリップショー!ああ!我らがジョニーの処女が奪われる!

 屈辱のジョニー。晒し唇で自分の体まで晒されて。男のプライドを粉々にされたジョニー。逆襲のジョニーと化してエリーに飛び掛かる。しかしそこでタイムアウトとエリーはジョニーから身を離してこう囁く。

「今日はここでおしまいよ。続きはまた明日」

 こちらに背中を向けて去るエリー。顔にべたついた千切られたメモ書き。そこに書かれたザ・リッツ・カールトンホテルの文字。ああ!ヨーロッパにこだわるエリーに相応しい住居。去ってゆくエリーの後ろ姿。その腰。その尻。時々振り返ってこちらを見る蠱惑の瞳。火よりもはるかに熱いものに熱せられたジョニー。誰もいなくなったクラブで一人モルモン教祖のように悶々とする。ああ!俺にはキャロラインがいるんだぞ!お前なんかの、お前なんかの誘惑に乗るもんか!


 翌日の日曜日の午前。火照った体に血走った目のジョニー。病室のベッドに横たわるキャロラインに向かってこう告げる。

「ソーリー、キャロライン。俺やっぱり全員マスクのプロジェクト抜けるわ」


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