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妊娠…復活の代償 その2

 神様お願いです!ダーリンの記憶を取り戻してください!ダーリンから私という存在を取り上げないでください!死にゆく私がこの地上に残したいものは二つあります。それは生まれてくるベイビーと、そしてダーリンの記憶に残る私の思い出です!ダーリンが自分の過去を振り返る時、そこに私がいないなんて事には耐えられません。せめて私の生きているうちにダーリンの記憶を戻してください!


 記憶を失くしたダーリンは人間である事さえ忘れてしまったようです。ヤリさえ持つことを忘れた彼は、私の言うことなど聞かず、もう好き勝手にベランダから外に飛び出してしまい、そしてそのまま一日中帰って来ないのです。近所で毛だらけで全身真っ黒なバナナ泥棒が出たという噂を聞くたびに心が痛み、そしてダーリンが猿と勘違いされ逮捕されないか心配になります。

 あのポンコツババアですが、今ではすっかり威張り腐り、ダーリンがベランダから外に出かけるなり、すぐさまベランダの鍵を閉めるようになりました。そして、とうとう補助鍵をつけて自分しかベランダに出入り出来ないようにしたのです。ポンコツババアは毎日私がいつもダーリンにバナナをあげる時に使う器にバナナを山盛りに載せてベランダに持っていきます。そしてそのまま補助鍵を閉めてダーリンが帰ってきて戸を叩いても知らん顔です。私が堪らず「ダーリンが戸を叩いてるじゃない!早く中に入れて!あなたダーリンをうちから追い出すつもり?」と一喝しても、ポンコツババアは「だって危ないじゃない!あんなバナナ猿!アンタ、ペットが可愛いのはわかるけどね、アンタは今妊娠してるのよ!しかも体まで弱ってるのに…。アンタあのバナナ猿に食べられちゃったらどうするのよ!」と人種差別丸出しの戯言を言って人の言うことをまともに聞こうともしません。

 私は未だにダーリンを猿扱いしているこの人種差別主義者の戯言に呆れ果てましたが、しかし今はベッドからろくに動けぬ程の体力の衰えとベイビーの出産のために涙を呑んで、このあまりに酷いレイシズム満載の暴言に耐えるしかないのです。

 ダーリンが帰ってもガラス越しでしか会うことはできません。ベランダに皮のまま乱雑に載せられたバナナを貪り食べるダーリンを見ていると自然と涙が出てきます。時折ダーリンは私の方をチラリと見ますが、すぐに目を背け目の前のバナナに噛り付いてしまうのです。


 胸の赤らみは日を経るごとに色の濃さを増していきます。確実に進む死への最終列車の中で私はダーリンを想い、そしてベイビーが産めるのかと日々自問自答します。回答期限が来るまで答えなど見つからない質問に回答できる時が来るのでしょうか。『すべては神様の思し召しなのよ』という母がいつも言っていた言葉が思い浮かんできます。今私に出来ることは全身全霊で祈る事、そして神様に我が身を委ねる事、それだけでした。

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