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《連載小説》全身女優モエコ 上京編 第十三話:涙の土下座

前回 第十二話:芸能事務所鶴亀組 次回 第十四話:全身女優火山モエコ誕生!

「コラボケェ!何突っ立っとるんじゃ!早く土下座して詫びいれんかい!」

 気の短い幹部の一人が猪狩たちを怒鳴った。猪狩はすぐさま犬のように幹部連中の足元に這いつくばって必死に許しを請うた。

「申し訳ありませんでした!全て私の管理責任です!本来ならこの子を田舎に返すべきだったのでしょうが、私には出来ませんでした。なぜならこの子は……」

「オイコラァ!このガキ中に入らんと何後ろで腕組んで突っ立っとるねん!それが人に謝る態度なんかぁ!」

 猪狩は誰も聞いていなかった弁明をやめて後ろのモエコを見た。ああ!モエコの奴はこのヤクザそのまんまの恫喝を聞いても臆するどころかふんぞり返っていた。彼はもう心臓が止まりそうになりモエコに向かって早く土下座しろと注意した。だがモエコは土下座するどころか足を踏み鳴らしてこうのたまうではないか。

「何でモエコがこのヤクザに土下座しなきゃいけないの?モエコこの人たちに何もしてないじゃない!」

「何じゃこのガキ!お前さっきスタジオで暴れて稽古ぶち壊したのもう忘れたんか!お陰でウチは弁償しなきゃいけなくなったんやぞ!」

「ふん、そんなのモエコの知ったことじゃないわ!悪いのは三日月エリカじゃない!アイツが共演者を奴隷扱いしたから懲らしめてやっただけよ!」

 このモエコの言葉を聞くなり幹部連中は一斉に立ち上がってモエコを取り囲んだ。

「知ったことやないんで済まへんのやぞ!こっちは弁償金山ほど払わなあかんねん!何でウチらが赤の他人のお前なんかのために弁償せなあかんのや!……しかしお前ええ体しとるのう。ほなその体できっちり弁償してもらおか!」

 彼はこの言葉を聞いてゾッとした。ああ!モエコのバカはどうしてこうも空気が読めないのだ。今の状況を見ればお前の緊急事態である事は誰にでもわかるじゃないか!

「体で弁償ですって?モエコに何やらせるつもりなのよ!あなたたちね、モエコは女優になるためにここに来たのよ!そんなにモエコに弁償させたいならさっさとモエコを女優にしなさいよ!モエコだったら弁償どころかあんなちっぽけなビルの一棟や二棟一瞬で建ててあげるわよ!」

「やかましいコラ!お前ホンマにトルコに売り飛ばしてやるわ!おい、このガキみんなで押さえたれ!」

 この言葉を合図に幹部連中が一斉にモエコを取り囲んだ。猪狩は無我夢中でモエコの前に立ち彼女を捕まえようとする幹部から必死で守った。完全に無意識の行動であった。幹部連中はその猪狩をどけと言ってボコボコに殴りつけた。だがそれでも彼は一歩も弾かず最後までモエコを守り通した。

「おまえおかしいんか!なんでこのガキかばうねん!コイツのせいで事務所が無茶苦茶になっとるのがわかっとるんか!」

 猪狩はモエコを守るためならてこでも動かない覚悟だった。彼は再び土下座し、こう言った。

「確かに自分はおかしいのかも知れません!というかこんな見ず知らずの子供のしでかしたことを謝るなんて誰が考えてもおかしいですよ!だけど皆さんこの子を見て感じませんか?自分よりもよっぽど芸能人を見ている皆さんだったらこのモエコがとんでもない才能を持った原石だって事が気づくはずです!お願いです!彼女を女優にしてあげてください!」

「お前ホンマに頭おかしくなったんか?こんなガキ女優なんかに出来るわけないやろ!こんな生意気なガキはトルコでみっちりしごいたらええんや!」

「猪狩さん」とつぶやきが聞こえたので彼ははっとしてモエコを見た。彼女は泣いていた。殴られても自分を守ってくれた猪狩を思って泣いていた。モエコと猪狩の心が真に通じ合ったのはこの時が初めてだった。モエコは姿勢を正すとそのまま猪狩の隣に座り込んだ。なんとこの負けん気の強い我がまま少女も土下座し始めたのである。モエコは涙を流し頭を床に擦り付けながらこう訴えた。

「猪狩さんをいぢめないで!全部モエコが悪いんだから!責任は全部モエコがとります!だからモエコを女優にして!モエコが女優になっていっぱいお金を稼ぐから!稼いで弁償するから!お願いします!モエコを女優にして下さい!」

 この必死のモエコの訴えに幹部連中は一斉に黙り込んだ。どうして彼らは黙り込んだのか。モエコの真摯な謝罪に心を打たれたのか。いやそうではない。彼らは肩を震わせ謝罪するモエコの姿そのものに圧倒されていたのである。モエコは徐々にしゃくり声を上げて涙を滝のように流してうわ言のように繰り返した。「女優になったらちゃんと弁償するから……モエコ絶対立派な女優になるから!お願い女優にして!」

 その場にいた全員がモエコを見つめていた。跪くモエコはまるでマグダラのマリアのようであった。そこにいつの間にか中に入っていた真理子まで泣きながらモエコと一緒に土下座し始めた。「皆さんお願いします!モエちゃんを女優にしてあげて!彼女は女優になるために生まれてきた子なのよ!」そう彼女はモエコの願いを叶えようと幹部連中に訴えた。幹部連中はこの有様を見てようやくモエコという巨大な才能に気づいたようだ。彼らはモエコに恐れおののき言葉すらかけられない。沈黙の部屋の中モエコと真理子のすすり泣く声だけが聞こえていた時、突然ドアの向こうからから厳しい声が飛んできた。

 その声を聞いて猪狩は勿論、幹部連中まであからさまに動揺し始めた。とうとう芸能事務所鶴亀組の社長鶴亀満五郎が現れたのだ。あの芸能界で最も恐れられていた男が。猪狩は鶴亀が入り口からゆっくりと歩いてくるのを緊張の面持ちで眺めた。猪狩は久しく会っていなかった鶴亀を見て体が震えてきた。このどちらかといえば小柄な初老の男はその全身から明らかに堅気ではないオーラを出しまくっていた。先ほどまで暴れまわっていた幹部連中は慌ててドアの両側に並び入ってきた鶴亀に一斉に頭を下げた。

「オ、オヤジ!このガキですわ!稽古場無茶苦茶にしてくれたんわ!」

 鶴亀はこの幹部の一人の言葉にほぉと相打ちを打ってモエコの方を向いた。

「わかっとる。さっきからずっと見とったからな。お嬢ちゃん、えろう面白いもん見せてもろたわ」


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