【短歌】思い出にする前に
このままじゃ悲しいだけの一葉を焚き火でちょっと燃やしてやった
【火つけ物語】
「俺、お前のこと好きだったんだよ。」
なんでこいつは、人のお見合い前日にそんなこと言ってくるんだろう?
キャンプ仲間、恵と穴場のキャンプ場に来た。朝早くから準備して、現在午後1時。キャンプの準備が済んで、少しゆっくり出来るかなと椅子に腰を下ろした時だった。突然話を振られた。
ぱちぱちっ
焚き火が爆ぜる。
「ふーん。」
私は、足元に落ちている枯れ木を拾って折った。
パキッと気持ちがいい音がして、木が割れる。片方は火の中に入れて、もう片方は何となく手に持ったまま、ボーッと眺めた。
「いや、ふーんって、、」
「じゃあなんて言えばいいの?『私も好きだったよ。』って言って欲しいの?私、明日お見合いだってあんたに言ってたはずなんだけど。それとも、『ごめんなさい。』って断って欲しかったの?これから楽しいキャンプの始まりだって時に。」
「……。」
ヒューっと寒い木枯らしが吹いてきた。
かさかさと音を立てて落ち葉が舞う。
ぱちぱちっぱち
火が爆ぜて、火花を散らす。
恵と出会ったのは大学の頃。
キャンプ同窓会の唯一の同級生だった。
なんとなく気があった。就職したあともたまにこうして二人、キャンプに行く位には仲がいい。周りの友人に、「あの人彼氏じゃなかったの?!絶対運命の相手なのに!!」と驚かれる位には。
でも、私と恵は付き合ったことはない。
ぱちぱちっ
薪の奥にある炭にも、火がついたようだ。
真っ黒だった炭が、赤く光り出す。
恵が静かに深呼吸した。
「わりぃ。明日お前が見合いだって聞いてから、何となく気が落ち着かなくてさ。」
恵がゆらゆら揺れる火を見ながら、呟く。
「なんで落ち着かないんだろうって、ずっと考えてたらさ。お前のこと好きだったんじゃねぇかなって思ってさ。」
雲が太陽を覆った。
冬が近いこの時期は、それだけで当たりが暗くなる。薄暗い森の中に、ゆらゆら揺れる火。そして、火を見つめる恵。
私は、手に持った枝で足元の落ち葉を払ってみた。落ち葉が私の元から逃げ出す。
ぱちぱちっ
薪が燃える。
先程より力強く燃える。
「迷惑だよな。ごめん。でもさ、お前の見合いが上手くいったら、もうお前とキャンプ来れなくなるよなって思って、つい言いたくなっちまったんだよ。」
ぱちぱちぱちっ
無性にイライラしてきた。
落ち葉に八つ当たりするように、先程より力を込めて枝を振る。音をを立てて、落ち葉が退いていく。
「これ覚えてる?初めてキャンプ同窓会で行ったキャンプの集合写真。この時めっちゃ楽しくてさ。多分、俺の一生の思い出だわ。」
恵は財布から、丁寧に4つ折りにされた写真を取り出た。しわしわの写真を広げると、それは、5年前に撮ったキャンプ同窓会の集合写真だった。真ん中には、当時同窓会の新入生だった私と恵が写っている。
周りにいる先輩の手には、『恵、ようこそキャンプ同窓会へ 』と書かれた手作りの看板がある。
随分と綺麗な思い出だな。
私は、恵の手から集合写真を奪い取った。そして、ぱちぱちと爆ぜる薪の中に入れた。
ばちばちっ
ぱちぱちばちっ
力強く火が燃え上がる。
火は、写真をすぐに飲み込んでいく。
「ちょ、お前何すんだよ!」
焦った恵が、写真を火から救おうと、火バサミを持つ。でも、モタモタしているその間に、少しずつ、褪せた写真がより茶色くなって、赤く火がつき、黒い炭になっていく。
私はため息をひとつ零した。
そして、キャンプ用の椅子から勢いよく立ち上がる。写真になんか、見向きもしない。
ガタン
私が立ち上がった音を聞いて、恵が火バサミを持ったまま振り向いた。
私の周りに、落ち葉は無い。
私の足元を邪魔するものは何も無い。
からっ風が吹き付けてきた。
でも、私の元には落ち葉はこない。
風さえ避けて通るほど不機嫌な私を、恵は見た。
恵が、やっと、私を見た。
大きく息を吸って、
木枯らしよりも冷たい声で、
私は言った。
「グダグダぼやく前に、『見合い断ってこい。』くらい言ったら?」
なんのために、見合いの前日に、異性とキャンプに来てると思ってんのよ。
恵が目を丸く開いて、ポカンと口を開けた。
むしゃくしゃした。
私は立ち上がった勢いのまま、森の中に歩みを進めた。
「は、恵!ちょっと待てよ、おい!」
後ろから私を呼ぶ声がする。
こんなに、気が合う人。
偶然にも、私と同じ名前を持つこの人。
寒い季節に似合わないほど、私は耳が熱くなるのを感じる。
ガサガサと落ち葉の妨害を受けつつ、恵がこちらに来る足音がする。
セピア色の写真は、真っ黒になった。
いまだ薪は、ぱちぱちと音を立てていた。
遅いよ、バカ。