【短歌】あまりにもさり気ない
気づけない見えない静かな温かさずっと見ていたのは隙間風
【見逃してた物語】
仕事中、使った資料を元の場所に戻そうと席を立った。
かたん、と音がした。
なにか落としたな。
そう思いつつ、両手いっぱいに資料を持っている私は、後で拾えばいいと思ってその場を後にした。
資料を置いて、席に戻る。
椅子の周りを見渡したけど、何も落ちてなかった。
「?」
ペンでも落としたのかと思ったのだが、、、
ペンはいつも通り机の右端に置いてあった。
気のせいかもしれない。
私は、作業を続けた。
翌日。
だんだん寒くなってきた秋と冬の間の季節。
かさっと音がした。
隣のブースに置いてある書類が落ちたのだ。
空気の入れ替えのために開けていた窓から、隙間風が入ってきた。書類は、隙間風によって攫われてしまったらしい。
席の主は、どこかに行っていていない。
お手洗いか何かだろう。
拾って机に置いておこうと思い、席を立った。
その時、私より先に書類を拾った方がいた。
その方は、拾った書類の順番を確認し、丁寧に重ねた。そのまま、机の真ん中に落ちた書類を置く。最後に、資料の束の1番上に、机にあったホチキスを乗せて重しにした。
なんという気づかい。
拾うだけでなく、再び落ちないようにする優しさに思わず見入ってしまった。
それだけでは無い。
私は、落ちた書類がもともと真ん中に置いてあったのを知っていた。席の主は几帳面で、途中で席を離れる時は次の作業の準備をしてから離れる方だったのだ。帰ってきたらすぐ作業できるように、机の真ん中に次の作業の用意をして置く方。
書類を拾ってくれたこの方の席は、少し離れたところにある。いつも見ていなければ、元の場所に戻すことは出来ないはずだ。
つまり、資料を拾ってくれたこの方は、意識して誰がどこに何を置いてるのか見ていたのだ。だから、戻ってきた方が気づかないほど自然な場所に置けた。
もしかして、、、
私は、昨日の出来事も思い出した。
私が資料を置きに行ったとき、私はこの方とすれ違った。そして、机に戻った時、私の席には「いつも通り」の場所にペンが置かれていた、、、
この方が拾って戻してくれたんだ。
ピューと隙間風がオフィスを駆け巡った。隙間風が書類にいたずらしなければ、この優しさに気づくことはなかっただろう。気づくきっかけをくれた隙間風に、私は感謝した。
さり気なさのプロだな。
勝手に二つ名をつけつつ、私は腰を浮かした。
かたっ
私は席を立った。
昨日のお礼を言うために。