【短歌】揺れ松
季節さえ塗り替え進む北の風それでも変わらずまつたよりなく
【できるだけ変わらずにまつ物語】
空の色が変わった。
青より淡い空色は、冬の訪れを告げる。
朝露に濡れる木々は、まるで秋を惜しんで泣いているようだ。木から落ちた葉は土へと還り、だんだん形を失っていくのだろう。
玄関を出てすぐ、冷たい空気を吸い込んで、そっと白い息を吐く。私が吐き出した息は空に向かって、霧散した。
秋から冬に変わる瞬間は、何故こんなにも心細いのだろう。そんなことをふと思う。寂しさを振り払って、落ち葉の道を進み、灰色の郵便ポストを覗く。
─近所のスーパーの特売情報。
─ホームセンターのあったかグッズのチラシ。
─新しく出来たお寿司屋さんの割引券付きの広告。
入っていたのは、この3つ。
もう一度息を吐いた。
何度息を吐いても、白い息は何も残してはくれない。ただ、霧散するだけだ。
毎朝、落ち込むことがわかっていて、それでも覗いてしまう。あの人からの手紙なんか、来るわけないのに。
私は郵便ポストの扉を閉めて、家に戻ろうと振り向いた。そして、玄関に目を向ける。視界の端に、松が見えた。
先週まで紅葉していた木々さえ枯れ落ち、色をなくしつつある我が家の玄関。その中にあって、変わらない松の木が目に入る。日に当たる部分が少しだけ優しい茶色に変わっているが、大部分はいつも変わらず緑だ。
華やかな春も。
色彩豊かな夏も。
明るく映える秋も。
これから来る、色を失った冬も。
松は、変わらない。
全く変わらない訳では無い。
ただ、できるだけ変わらずにいてくれる。
その姿にほっとする。
冬。
一斉に色が変わる世界。
変わることを強要してくるような白い世界。
それでも変わらずにいてくれる松は、私の心に寄り添ってくれる。変わらなくていいよと言ってくれているような松に、安心する。
変わらなきゃいけないものもある。
それでも変わりたくないものだって、ある。
例えば、連絡ひとつくれないあなたを待っているこの気持ちとか。
例えば、毎朝期待してがっかりする度に揺れそうになるこの心とか。
変えたくない。
変わりたくない。
あなたを想うこの気持ちが、どれほど私の胸を刺したとしても、あの人が帰ってきた時に変わらずに迎え入れたい。
それまでの間にどれほど心が揺れて仕方がなくても、毎朝あなたに会えることを期待していたい。
まだ、変わりたくない。
変わらないまま、あなたをまつ。