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【短歌】すくい


丸いおり諦め泳ぐ冬銀河ひらり舞うひれ今すくわれた


【不意にすくわれた私たちの物語】

小学校の頃から使っている自宅の勉強机で、私は1枚の紙を前に、ため息をついた。

『進路希望調査書』

来年、高校3年生になる私にとって重い問題だ。

「自分が好きなことをして生きて欲しい。」
「後悔しない道を選びなさい。」

この前、学校で三者面談した時、親からも先生からもそう言われた。生まれて初めて自分の将来を考えることになって、私は途方に暮れた。高校は家の近くの高校を選んだから、本気で将来を考えるのは初めてだったのだ。

小学生のように、無邪気にたくさんなんて選べない。私は1人だ。だから、選べる道は1つだけ。


毎日進路指導室に行って大学を調べ、
家に帰ってインターネットで更に見る。

昔から絵を描くのが好きだった。だから、本当はイラストレーターになりたい。でも、成功するか分からない道を素直に選べるほど、私は自分の才能に自信がなかった。

無難にビジネス系の大学に行って就職するか。
それとも公務員試験対策が出来る大学を選ぶか。


ここに行くためには、この勉強をしなきゃいけない。考え出したらキリがない。数学Ⅱもやらなきゃ、いや物理もやばい。それより日本史を上げた方が効率的か、いや古典も苦手だしな、、、


これもあれもと考え始める。すると、勉強にも進路についても集中出来なくなった。


自分が何に悩んでいるかも分からない。泣きたくなる。苦しい。何故か苦しい。

それでもがむしゃらに自宅の勉強机に座って過去問を解いていたら、「ピンポーン」と呼び鈴がなった。

1階で、「はーい、どちら様?」と母が対応する声が聞こえる。と思ったら、「凛ー!!」と私を呼ぶ声が聞こえてきた。

急いでクリーム色のカーディガンを羽織って1階に向かう。玄関には、幼なじみの良太がいた。

制服の上に黒いコートを着た良太は、野球部を辞めてからボサボサに伸びた髪をかきながら、うちの玄関の扉の前にいた。

「何?今勉強してんだけど。」

勉強が進まないイライラを、良太にぶつけるようにぶっきらぼうに言う。

「祭り行かね?」

「は?」

思わず低い声が出る。

こっちが真剣に迷ってるのに、お気楽なもんだ。

「いや、知り合いが屋台出しててさ。一人で行くのもなんだし、誰か一緒に来てくんないかなって。」

寂しがり屋かよ。

良太は大きい体をやや縮こませるようにして続きを話した。まとめると、野球部の先輩が屋台を出したから、挨拶に行きたいらしい。ほかの友達には断られたそうだ。

「ちらっと顔見に行くだけだからさ。どう?なんか奢るからさ。」

良太が両手を合わせる。
玄関のドアから冷たい空気が入ってくる。
断るのも面倒になって、「10分待ってて。」とだけ言って良太を玄関に招いた。

私は支度するため2階に上がる。
後ろから、「りょうちゃん、お茶飲んでいかない。」「いや、すぐなんで、ここでいいっす。」という母と良太の会話が聞こえた。


10分後の午後6時。
すっかり暗くなった空の下、私と良太は商店街に向かった。


商店街は賑わっていて、冬なのにみんな元気に屋台を出していた。あちこちからソースのいい匂いがする。食べ物の温かさのせいか、屋台が並ぶ場所は仄かに暖かく感じた。


私は、良太に奢らせたたこ焼きを片手に、屋台を見渡した。

お面。
りんご飴。
お好み焼き。
わたあめ。
射的。
くじ。
そして金魚すくい。

──────金魚すくい?


思わず、金魚すくいのお店を見た。

この寒い中、子供用プールの中を構えた出店があった。プールの中には何匹か金魚がいて、赤と白の鮮やかな金魚の中に、1匹だけ黒い出目金がいた。

金魚たちは優雅に泳いでいるけど、出目金はプールの端に頭をぶつけては方向転換し、また頭をぶつけては方向転換、を繰り返していた。狭いのかな?

子供用プールの中。
餌も与えられる環境で、不自由に泳ぐ出目金。

私に似てるな。

「自分で決めなさい。」

自由にしていいと言われたのに、自由でいいはずなのに、なにかに囚われて身動き出来ない。


苦しいね。
狭いよね。
辛いよね。


自由な不自由さに喘ぐ出目金をボーッと眺めていたら、隣に影ができた。良太だ。


「その出目金が欲しいの?」
あまりにも熱心に見ていたせいか、良太が勘違いする。

「え?いや、、、」
なんと説明したらいいか分からず私が言い淀んでいたら、良太が200円払って、金魚すくいセットを2人分もらってきた。

「お前も俺も1回な。」

いつの間にか私もやることになったらしい。良太に渡されたホイを、夜空に透かしてみた。星さえ透けるほど薄いこれで、出目金なんて掬えるのかな?

私は出目金に狙いをつけて、プールの真ん中を泳いでいた出目金を、そっと掬った。

出目金が、わずかに宙を舞った。
しかし、ひらりと舞った出目金を濡れたホイが受け止められるはずもなく。出目金はポチャッという音を立てて青い檻に戻った。

出目金また端っこに泳いで行って、プールの縁に頭をぶつけた。

「ちょー惜しいじゃん!」

良太が興奮したように言う。

「これ薄いから、無理だよ。」

こんなんじゃ、なんにもすくえない。


どうせ良太も無理でしょ。
何となく不貞腐れた気持ちになった。

すると、プールの中にいる出目金を見つめたまま、良太がポツリと言った。


「こいつ、ここじゃ狭そうじゃん。出してやりたいんだよなぁ。」


ハッとして良太を見た。

良太も、出目金が狭そうに泳いでいたのを知っていたんだ。そういえば、良太は小さいことによく気づくやつだったな。


子供用プールは、冬の星空を写してきらきらと輝いている。まるで銀河を泳いでいるようなのに、どこか窮屈そうに見える、出目金。


すくってやりたい。
すくってやってほしい。


良太が寒空の下でコートを脱ぐ。
見ていて寒そうだ。

コートを私に預けると、腕をまくった。
なお寒そうだ。

そして、大きく息を吸ってはいた。
白い息が冬の空に上がる。

良太はホイを構えた。
そして、出目金を目で追う。

スッーと泳いでいた出目金がプールの縁に頭をぶつけたその瞬間。

プールの縁を上手く使って、良太が出目金をすくいあげた。


出目金のひれが、星空を背にひらりと舞う。

私が掬いあげた時よりも高く、出目金が空に舞う。お腹部分が少しだけ赤かった出目金は、夜空に向かって、大きくヒレを伸ばしたように見えた。

そして、良太は持っていた小さな器で出目金をキャッチした。ちゃぽ、と音を立てて、出目金が着水した。


狭い檻から出た出目金は、もっと小さな檻に入れられた。

けれど、なんだか満足げな様子で、ぷかぷかと小さな器の中でたゆたっていた。



透明な袋に出目金を入れてもらった。
良太は私が欲しがっていると勘違いしたままだったから、出目金は私が貰った。


よかったね。
よかったね、すくわれたよ。


私は出目金をみて、ふふっと笑った。




多分、良太は気づいてた。
私が進路に迷って悩んでることを。

だから、わざわざ私のところに来たんだ。
「先輩に挨拶に行く。」なんてわざとらしい理由をつけて。

先輩との話もそこそこに私がいるところに戻ってきた良太は、出目金を見て、「なんかこいつ、、、目、でかくね?」と馬鹿丸出しで言った。


私は、笑った。
久しぶりに、笑った気がする。

冬の空気は冷たかった。

でも、息苦しさは、もうない。

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勿忘草(わすれなぐさ)
よければ応援お願しいます(*・ω・)*_ _)ペコリ