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リアルに最も近いフィクション短編「『孤独』という檻」

はじめに

リアルに最も近いフィクション短編とは?

「元刑事だからこそ描ける、“リアルに最も近いフィクション”をあなたに。」  
この物語はフィクションです。しかし、取調べ室で数多くの事件と向き合い、犯罪者たちの告白に耳を傾けてきた元刑事だからこそ描ける
“現実の息遣い”が、ここにはあります。  
元刑事だからこそ描ける、事件の奥に潜む真実をぜひ体感してください。  
この短編は、フィクションでありながら「現実の延長線上」にある物語です。

それではお楽しみください

自己嫌悪

刑事になりたての俺にとって、取り調べ室は未知の戦場だった。  
特に相手が、覚醒剤や大麻使用で現行犯逮捕された男となればなおさらだ。仮に「西村克也」と呼ぶその男は、大麻の前歴もある30代半ば。痩せた体に不規則に伸びた無精ひげ、そして虚ろな目。犯罪者特有の威圧感や反抗心は感じられない。代わりに、机越しの空間には、言葉にし難い「自己否定」の重い空気が漂っていた。

俺が最初に口を開いたとき、彼は顔を上げもせず、ただ俯いていた。  
「なんで覚醒剤なんかに手を出したんだ?」  

静かな沈黙が数秒続き、彼はポツリと言った。  
「……刑事さん、俺みたいな奴に何を聞くんですか?」  

その言葉には、諦めと自己嫌悪、そしてどこかで「俺を理解してくれ」と言いたげな緊張感が込められていた。

誰も見てくれない孤独


「俺みたいな奴に構わないでくださいよ」  
そう続けた西村に、俺はゆっくりと聞き返した。  
「構うさ。お前がこうなった理由を知りたいんだ。話してくれよ」

しばらく沈黙した後、彼は顔を上げ、少しだけ目を細めた。その仕草は「信用できるか試している」ようにも見えた。やがて、低い声で話し始めた。

「……誰も、俺を見てくれないからです」  

それは、彼の心の中でずっと積もっていた言葉なのだろう。彼は言葉を紡ぐたびに、苦しそうに眉間を寄せた。  

「親父は仕事ばっかりで、家に帰っても何も喋らない人だった。母親は俺に『勉強しろ』『大学に行け』って、そればっかり。俺が何を考えてるかなんて、誰も興味なかった」

彼の家庭は、一見「普通」に見える。だが、彼が語るその「普通」は、感情のやりとりのない、冷たく硬いものでしかなかった。

大学中退、そして断たれた家族の絆


彼は、親の期待に応えようと必死だったという。高校時代はそれなりに成績も良く、都内の有名理系大学にも進学した。しかし、大学では競争に疲れ、やがて成績が落ち、バイト漬けの生活に追われるようになった。

「中退を決めたとき、親には何も言えなかった。でも、辞めた後で家に戻ったら、母親が泣きながら怒鳴ったんです。『なんでこうなったの』って。親父は、『家から出て行け』としか言わなかった」

その時のことを語る彼の声には、抑えきれない震えがあった。  
「俺がどんな気持ちだったか、誰も聞いてくれなかった。ただ、親の期待を裏切った奴として扱われただけだったんです」

彼が一人暮らしを始めたのは、それからすぐのことだった。家族との連絡は途絶え、彼は孤独に押しつぶされるような生活を始めたという。

覚醒剤との出会い


「バイト先の同僚が、『これ使えば楽になるよ』って勧めてきたんです。最初は断りました。でも……なんか、その時、全部どうでもよくなっちゃって」

一度手を出した覚醒剤。それは、彼にとって救いのように思えた。  
「頭がスッキリして、孤独も不安も全部消えた気がしました。あのとき初めて、『自分もまだ大丈夫かもしれない』って思えたんです」

だが、その快楽の代償は大きかった。  
「切れた後が地獄なんです。孤独が倍になって戻ってくる。でも、それから逃げたくてまた使う。最初は間を空けてたけど、そのうち毎日になりました」

彼の言葉には、覚醒剤に依存してしまった自分への嫌悪が滲んでいた。だが同時に、その言葉には微妙な矛盾があった。

矛盾に隠された本心


「迷惑をかけたくなかった」  
それが、彼が何度も繰り返した言葉だった。だが、その言葉とは裏腹に、彼は家族や友人に金を無心し続け、借金を重ねて縁を切られていた。  

「本当に迷惑をかけたくなかったのか?」  
俺がそう問い詰めると、西村は苦笑いを浮かべた。  

「……本当は、誰かに気にかけてほしかっただけなんです。俺がいなくなったら困るって言ってほしかった。でも、俺がやってきたことは、全部逆ですよね」

その言葉を吐くとき、彼は両手を握りしめ、苦しそうに肩を震わせた。  
「誰かに見られたい。でも、どうしていいか分からない。分からないから、壊れるしかなかったんです……」
この瞬間、彼はただの犯罪者ではなく、一人の壊れた人間として俺の目に映った。だが、それと同時に、彼の言葉には「責任逃れ」のニュアンスも漂っているように感じた。

緊張の中での告白


取り調べが終わりに近づくと、彼はさらに一歩踏み込んだ言葉を口にした。  

「……俺、大学辞めた理由、嘘ついてました」

彼はゆっくりと語り始めた。実は大学時代、彼はすでに覚醒剤に手を出していたという。それが発覚し、両親から見放され、学校を辞めざるを得なくなった。
「親には『頑張る』って言ってたけど、裏ではずっと薬をやってました。だから、中退したのも、親が失望したのも、全部俺のせいです」
この告白は、彼の本当の姿を浮き彫りにした。彼が「親の期待に押しつぶされた」と語っていたのは一面の真実だが、同時に、自分自身がその期待を裏切り、壊してきたという事実も隠されていた。

救いはあるのか?


取り調べの最後、西村はこう言った。  
「捕まって良かったのかもしれない。これ以上、自分を壊さずに済むし、誰かが俺を見てくれる場所にいられるから」
その言葉を聞いたとき、俺は胸が締め付けられるような気持ちになった。彼にとっての「救い」は、もう罪を犯さないことではなく、「誰かに見られる」ことなのだろうか。だが、それは本当の救いだと言えるのか?

刑事としての教訓


西村はその後、裁判を経て依存症治療プログラムに送られた。彼がその後どうなったのかは分からない。だが、彼との取り調べは、俺に多くの教訓を与えた。
人間は、孤独と自己嫌悪の中で壊れていく。だが、壊れていくその過程で、誰かに気づいてほしいと叫び続けることもある。それが犯罪という形で現れるとき、刑事はその「闇」と真正面から向き合わなければならない。
だが、その闇を覗くとき、同時に自分自身の中にある問いにも向き合わざるを得ない――。  

彼を救えたのか? それとも、ただ罪を追及しただけなのか?


                                 



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