【ショートショート】七夕とハンバーガー
猛暑が跋扈する世界。中学2年生の少年は常備品にあたるティッシュとウェットティッシュ、絆創膏に加えて季節柄日焼け止めと制汗剤をバッグに詰め込む。夕方、最寄駅から幾つか離れた駅に降りた。待ち合わせ場所にいる背丈の高い少女を見つけた。
「お待たせ。もう着いていたんだ」
「遅刻に慣れたくないからね」
少女は有り体に言えば、美人であった。中学生とは思えないほど大人びた目つきに程よくシャープな輪郭、鼻の高さ。少女本人は「つり目なだけ」とおよそ1ヶ月くらい前まで思い込んでいた。
同じ背丈の少年少女はあまり馴染みのないファストフード店に入り、馴染みのあるそれより値段が幾ばくか高いことに驚いた。
「ねえどうする?セット高くない?」
「僕はハンバーガーとドリンクで」
「じゃあ私も」
席に店名が冠されたハンバーガーとドリンクが運ばれると、全体までは包装されていないハンバーガーを撮り終えてから口にした。
「食べ方、綺麗なんだね」
「いつもよりは」
「普段の見せてよ」
少年は瞬間、目を閉じてハンバーガーの真ん中に進んだ。トマトソースが唇に付着した彼を見て、デフォルトでは大人びた顔つきの少女が崩れた。
「写真撮っていいでしょ」
「冗談きついな」
「私が転校して離れ離れになっても、思い出せるものがあればなって。ここまで言わせたんだから撮るよ」
少年は1.5秒ほど少女を凝視してから「好きにしていいよ」と答えた。少女は向日葵を想起させる笑みを浮かべたままスマホに収めた。
ハンバーガーの姿形が限られてきた頃、少女は少年に切り出した。
「私、誰かを好きになったことないからさ。彦星と織姫の気持ちがあまり分からないけど。それでもハンバーガーと向き合っているときはなんとなく分かる気がするんだよね」
「僕もなんとなく分かるな。ハンバーガーは美味しい。でも食べられるボリュームがあまりないから。こんなに幸せな時間があと少しで終わってしまうなんて、そう思うと切ないし苦しいよ」
「ごめん。私から切り出しといて今の発言も共感したけど、そんな真顔で語られるとは思わなかったから」
少年は破顔した少女に見惚れた。ハンバーガーを口にする前に膨らむときめきを優に超える想いの強さが胸に及ぶのを実感した。
店を出てから目的地まで適度に遠回りして歩く。少女が真横の少年を覗き込み、一年後二年後の姿を想像する。その頃、自分は違う空の下、日々を過ごしている。度々、今日のようにトマトソースが付着する彼を視界に収められない。もしかしたら違う誰かが彼の顔をかもしれない。胸に拡がる切なさはこれまで経験したハンバーガー完食前の切なさを凌駕するものだと気付いてしまった。気付けば少年の袖を掴んだ。
「どうしたの?」
「ちょっと歩くぺース遅くなるかもしれないから」
「分かった」
無言のまま歩き続けた二人の沈黙を少女が破った。
「彦星と織姫はさ、年に一回しか会わないけど。私たちは高い頻度で会えるよね。大人になればもっと」
「うん。陸続きの場所にいるわけだし。チャットも通話もするよ。新幹線に乗って会いに行くし。18きっぷを使えばもっと会いに行けるから」
「言ったからには実行してよ。私もたまにはこっち顔出すから」
目当ての場所、知る人ぞ知る高台にたどり着いた2人は夜空を見上げた。多々点在する星彩を見つめた。
「綺麗だね」
「うん。とっても綺麗だ」
パティに挟まれるトマトや肉、ピクルスなどによって成り立つハンバーガー。少年はその構成の美しさ以上に星々に心を奪われていた。
長さ、柔らかさ、ボリューム、シェアのしやすさ。様々な観点から存在の素晴らしさを主張するフライドポテト。少女はファストフード界の華と言っても過言ではないフライドポテト以上に星々に心を奪われていた。
夜空を見上げたまま、少女は少年に問う。
「あの星々に願うことは?」
「会いたい人、会いに行く人に相応しい人であるように頑張る。だから遥か彼方から見守っていて欲しい、と」
「素敵な願いだね」
「僕は答えたんだ。教えてよ」
「私は、素敵だなと思った人が遠い空の下で過ごしているなら、見守っていて欲しいなと」
「綺麗な願いだ」
「ありがとう」
星が織りなす美しさと説話、ハンバーガーが構築する世界、唇に付着したトマトソース、願いごと。それらを思い出しながら少年と少女はそれぞれ、今はまだそう遠くない空の下、日付が切り替わっても鮮やかな昨日を思い出していた。