わたしを救う方法は、文章しかなかった。
わたしは、文章を書くことが、とてもとても好きだった。
あのころ、わたしの頭の中には、常にたくさんの物語があった。たくさんの人の声や気持ちが、響いていた。
文章は、頭で考えて書くものではなかった。自分の中から勝手に溢れ出てきて、書き留めておかないとどうしようもなく苦しくなってしまうもの。
それが、文章だった。
美しい文章が、好きだった。
あのころのわたしには、人の気持ちや行動が、海原を力強く泳ぐ船に見えたり、いつか霞んで見えなくなる煙のように見えたりしていた。
わたしはそれを言葉にすることを、美しいと思っていた。
わたしが見ている世界は特別で、なによりも尊く、美しいものだと思っていた。
けれどいつのまにか、物語はわたしの中から消えていった。
わたしはこんなにも文章を愛したけれど、文章はわたしを愛してはくれなかったのだ。
それからわたしは、書くことをやめた。自分の中の虚無を感じることが怖かったから。
文章は、好きなものではなく得意なもの、と思うようにしていた。そのほうが楽だった。
たくさんのものに逃げた。音楽、写真、ファッション、恋愛、旅。
文章のことは、忘れることができたのだと思っていた。
でも、違っていた。
結局わたしは、文章に戻ってきてしまった。だってわたしができることなんて本当に、書くことにくらいしかないって、気づいてしまったから。
わたしは過去の自分にまるで水を与えるように、わたしはわたしを救うために文章を書いていたのだと、気づいてしまったから。
わたしはこれからも、自分のために、文章を書くよ。あのころ俯いてばかりだったわたしが、空に向けるように。
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