「私たち」から「私」に戻る習慣
久しぶりにカフェで読書をした。ひとり暮らしだった頃は、アパートの近くにお気に入りのお店があり、雑誌や本を持ち込んで週末のひとりランチや平日夜の1杯を楽しんだりしていた。結婚してからは、めっぽうご無沙汰だった。
今日読んだ本は、近くのアンティークマーケットで買った『イタリアン・カップチーノをどうぞ』。イタリアと日本の2拠点生活を楽しむ著者の濃ゆくてユーモアたっぷりのエッセイに、ちょっと懐かしい挿し絵が可愛い。
ちなみに、このアンティークマーケットは毎年お寺で開催されるお気に入りイベント。商品もさることながら、会場にいるお客さんがとても素敵なのだ。大きなお寺の中にアンティーク雑貨や服、おもちゃを売るお店がずらずらっと並ぶ景色も粋なんだけど、それを凌ぐ魅力の人たちがわらわら集まるのがさらにいい。
ごつごつしたカラフルな指輪、ベレー帽、東欧のどこかの国の太い糸のニット、砂糖がけの飴玉みたいなピアス。色とりどりの個性派ファッションに身を包み、気に入ったものだけを選ぶ。みんな「誰とも被らない自分の世界」を持っている。
「私ね、私ワールドが好きなんです」
そんな声が聞こえてくる感じ。
例のイタリア本を買った本屋ブースには、昔の雑誌オリーブのクリスマス特集号が売られていた。昭和独特の、レトロなぬくもりと可愛さが同居するインテリアの写真がいい。クリスマスプレゼントにあげる手編みのセーターやリースの作り方、小さな楽器のブローチがついた赤い靴下のコラムが載っていて、ときめいた。買おうか迷って、留まる。いやいや、可愛いだけじゃあ、1年後にはゴミ箱行きだ。そう思って棚に戻すと、若い男の子がすかさず奪い取って誰かに見せに小走りした。
「クリスマス特集号だってさ!」
報告先は、隣の店のブースにいた彼女だ。
パーマの栗色ベリーショートに、紫と茶色と黒をうまく組み合わせたニットコーデ。これまた唯一無二感漂うハーフ系美人だ。彼からオリーブ雑誌を受け取ると顔を輝やかせ、雑誌ごと、彼をぎゅっと抱きしめる。レジへ走ったのを見て、彼が嬉しそうに微笑む。うわあ、見てしまった。やられた、と思った。
私もあなたも、かつてこういう私ワールドを持っていただろうし、今も持っているかもしれない。でも誰かと一緒に暮らすと、「私」がだんだん「私たち」に融合し、「妻として」「母として」の私ワールドに変わる。どれも私なようで、1番最初の私とはやっぱり違うような気がする。
何が言いたいかというと、私は今日、本当に1人でよかったということ。ひとりきりでアンティークマーケットに出かけて、オリーブ雑誌カップルを見て、古くて可愛いイタリア本を買って、カフェで読んでよかったと思う。
それはまさしく、23歳の頃の私がすきだった私ワールドだった。ひとり暮らしのアパートに置き忘れた、ぼーっとしたり、ときめいたり、自由にしたいことをして、いたい人といたい時だけいた自分。再体験することで、まるでタイムスリップしたかのように目の前の時間が濃密になる。
私が大好きだった私だけの世界を思い出したら、いまの世界もすこしやさしくなった気がした。