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ブルッフが語る、《スコットランド幻想曲》

Note上で展開する、架空のラジオ番組《クラシック・エトセトラ》。
この番組では、毎回異なる音楽家がパーソナリティーを務め、
自身のお気に入りの曲と、その曲にまつわるエピソードを語っていきます。
今日の担当は、作曲家のマックス・ブルッフさんです。
(お話は史実に基づき構成しています。)


こんにちは、マックス・ブルッフです。
今はベルリンに住んで各地で活動しています。

マックス・ブルッフ(1838−1920)

今日は、僕が最近作曲した《スコットランド幻想曲》という作品を紹介するよ。
この作品は3年ほど前に出会って、
音の美しさ、正確さと柔軟さ、見たこともないくらいのテクニックに
度肝を抜かれちゃったヴァイオリニストのサラサーテのために書いた作品なんだ。
ヴァイオリンは僕が最も愛する楽器。
だってヴァイオリンは音楽の魂であるメロディを
どの楽器よりも美しく歌うことができるでしょ。
だから、この楽器のために作品を書くのは心が躍るんだよ。
この曲と同時に、どうしてもと頼まれてチェロの作品を作曲していたんだけれど、
そちらはどうも筆が進まなくて・・・笑

《スコットランド幻想曲》は、ヴァイオリニストの友人のヨアヒム
丁寧で緻密なアドヴァイスをくれて、
あ、彼も一流のヴァイオリニストなんだけれどね。
楽器の効果を素晴らしく発揮できる作品になったんだ。

パブロ・サラサーテ(1844−1908)


曲名通り、この作品は、スコットランドにインスピレーションを得たものなんだけれど、
実は、僕、スコットランドには行ったことがないんだ。
でも、その場所に行かずに書かれた名曲って、たくさんあるでしょ。
ほら、オペラ《カルメン》もスペインが舞台だけど、
作曲したビゼーはスペインに行ったこともなかったて言うし。
歌詞もフランス語だしね。
でも、異国情緒あふれる作品で、魅力的だよね。
出版社も、異国ものとか、民謡編曲は人気が高くて売れるから、
書けってうるさいんだよね。


とにかく、この手の作品で重要なのは想像力!
僕の場合、その想像の源は2つあるんだ。
1つはもちろん音楽
民謡とか特有の音階やリズム、楽器なんかを使って
その土地の香りを音で醸すんだよ。
今回僕はスコットランドの歌集『スコットランド音楽博物館』に掲載されていた
民謡旋律を何曲か使ったよ。
結構、有名なものもあってね。
最後の楽章に使った「Scots wha hae(スコットランドの民よ)」の歌は、
スコットランドの名詩人バーンズの詩で特に知られているよね。
本来はゆっくりの曲なんだけれど、
僕はテンポをかなり早くして、
曲の最後に盛大な華やかさを添えたんだ。

そして、もう1つの想像の源。それは、文学だよ。
今回は、スコットランドの大作家ウォルター・スコットの作品を読んで
曲のインスピレーションを膨らませたんだ。

ウォルター・スコット卿著『最後の吟遊詩人の歌 』(1805)、ジェイムズ・ヘンリー・ニクソン画


とくに、彼の処女作『最後の吟遊詩人の歌』
若きバイロンとか、英国王ジョージ4世とか、
スコットランドの名だたる著名人たちが
こぞって愛読書に挙げてるってだけあって、
音楽にしたくなる絵画のように美しい場面が、
満載の詩なんだ。


『最後の吟遊詩人の歌』
名宰相ピットも愛読したっていう序の部分

竪琴の弦の間を彼の指はさまよい、
そして、不安げな楽音が響いたー
そして、幾度となく、彼は白髪頭を横に振った。
しかし、かの荒々しい調べを思い起した時、
老人は顔をあげ、微笑みをうかべた。
そして、彼の衰えかけた眼は
まさに詩人の興奮で輝やきわたった!
弱く、あるいは強く、響きを変化させながら、
彼は次々に和音を変えて弾き続けた。
眼の前の光景、未来の運命、彼の苦しい生活、
彼の貧窮、それらはすべて忘れられてしまった。
冷めたい不安感、老令ゆえの活気なさ、
これらも奔ばしりでる歌の流れの中に消えてしまった。
頼みにならない記憶力が残した空白は、
詩人の燃える思いが、これを満した。
そして、竪琴の高鳴る響きに合わせて、
「最後の吟遊詩人」は次のように歌った。

ウォルター・スコット『最後の吟遊詩人の歌』より抜粋


ここは、僕もかなり惹きつけられてね。
この流浪の竪琴弾きの老吟遊詩人の世界を
《スコットランド幻想曲》の中に反映したんだ。
竪琴を想起させるように、
ハープに重要な役割を与えたのもそのためだよ。


ということで、僕の《スコットランド幻想曲》をお聴きください。
ヒラリー・ハーンのヴァイオリン、アンドレス・オロスコ=エストラーダ指揮、
hr交響楽団(フランクフルト放送交響楽団)の演奏です。


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夏目ムル
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