「独り言の読書記録」即興詩人/アンデルセン
「人魚姫」「みにくいアヒルの子」「マッチ売りの少女」などの童話で有名なデンマーク人作家アンデルセン。彼は、これらの童話を書く前の1833年から1834年にイタリアを訪れ、その翌年にイタリアを舞台に「即興詩人」という題名の小説を書きました。
あまりにも有名な童話の陰で世界では忘れ去られたこの作品ですが、日本では森鴎外がドイツ語から翻訳し「原作以上の翻訳」と現在でも高く評されているようです。私も読んでみたいとずっと思っていたのですが、森鴎外の訳は文語体のため簡単には読めないなと思っていたところ、ローマの古本屋でたまたまイタリア語版の「即興詩人」をみつけたので読むことができました。
ローマ生まれの主人公アントニオは、生まれ育った場所が違うだけでアンデルセン自身がモデルになっています。そのアントニオが少年から大人になるまでの半生が、ローマ、ナポリ、カプリ島、ヴェネツィア、ミラノなどのイタリア各地を舞台に繰り広げられます。
読み進めていて感じたのは、イタリアの自然の描写がとても美しいこと。北欧から来たアンデルセンは、太陽の光を受けた美しいイタリアの風景や自然に強い印象を受けたのでしょう。私の頭の中でも、そのイメージが色鮮やかに浮かび上がりました。
現在ならば高速道路や電車で移動するであろうローマからナポリまでの旅路も、馬車で移動したアンデルセンは、現代人には感じ取れない繊細さで場所によって移り変わる自然を現わしています。
主人公アントニオに起こる出来事は少し劇的すぎるとも思いましたが、読後にアンデルセンの人生をWikipediaで読むと、貧しい生まれにもかかわらず、デンマーク王に認知され、王から学費の援助まで受けているので、小説の内容は本当に彼の人生に概ね沿っていたのだと思いました。
貧しい出自、それに加え幼いころに父親が亡くなったアンデルセンは、成功を納めてからも、批判に病的に繊細で、常に称賛を求めていました。そんな彼の内の激しさや不安定さが、主人公アントニオにも表れています。
イタリアが舞台のこの小説、戦前、日本からはこの本をガイドブックにイタリアを訪れた文学者、学者がたくさんいたようです。今のように観光客にあふれているわけでもなく、古代の遺跡が羊小屋として使われていたこの時代。この本を読むことによって、200年前にタイムスリップしてイタリアを旅することができます。イタリア語版は、難しい言葉も使われておらず、文法を一通り習得した方にはおススメの一冊です。
ちなみに、ダンテの「神曲」という題名(原題はDivina Commedia、直訳すると神聖喜劇)は、この「即興詩人」の中で森鴎外により「神曲」と訳されたことからきているそうです。「神曲」の原文は、11音節からなる韻文が3行ずつ組になり韻が連動していくterza rima (三韻句法)が使われています。美しいリズムと響きで、音読すればまるで音楽のようなイタリア語の「神曲」。森鴎外による邦題は、漢字2文字でこの大作の偉大さを表わしており、即興詩人の中には、このような才知に長けた訳があふれているのだろうと思います。