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遺書No.824 食糧難について考える③

※この記事は2004年7月6日から2009年7月5までの5年間毎日記録していた「遺書」の1ページを抜粋して転載したものです。

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2006.10.14
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タイトルを見て皆さん思いましたね?
えぇそうでしょうとも。
確かに俺もそう思います。。

しつけーよ俺!!



こんばんわ、みーくんです。




最近は「好き嫌い」と「食糧難」とを、
短絡的に関連付けて話をするような輩がいる。

或いは「偏食」を我儘と直結して批判する短絡的な意見も数多く見受けられる。

特に俺とか。


だけどね、
わざわざそんな問題を持ち出すまでもなく、
偏食が及ぼす弊害は簡単に語る事ができるというものだ。

というのも、
我々にとって偏食が及ぼす最も身近な弊害とは、
栄養バランスの乱れが個人の健康に害を及ぼす、
という点に尽きるからである。

たしかに食糧難対策というのは、
今世紀の我々に与えられた、
重要な課題である事に間違いはない。

しかし、そんな事よりも、
もっと早急に対策をたてなければならないのは、
偏食による我々個人の栄養バランスの乱れ、
の方である。

まずは各々の個体の維持・向上に努め、
その後、世界の諸問題に静かに目を向けるべきだろう。


「偏食は健康に害を及ぼし、命にも関わってくる」



この単純明快な理屈の方が、
わざわざ食糧難を持ち出して偏食を戒めるより、
余程効果的だ。

さて、前回、前々回にわたって、
俺が椎茸を食べない理由というものを、
丁寧に丁寧に紹介してきた訳だけどもね、
俺の場合は単純な「偏食」の一言では片付けられない事が皆様にもご理解頂けた事と思う。

俺が食べないものは「元々食べ物ではない」、
或いは別の視点から解答を探しても、
「他の人により多く食べて貰いたいが為」という理由であり、自分はあえて食べないようにしているものなのだ。

一般的な偏食とは一線を画していると言ってもいいだろう。



・・・それらを踏まえたうえで書くが、


俺は、貝類をあまり食べない。


続けるが問題ないな?


まず、貝はとにかく硬い。

俺の歯ではたぶん噛み砕けないと思われる。
俺だってね、あの硬い殻さえなければ、
やわらかい中身をおいしく頂く事が出来るのだが…。

そして、貝には毒があるものが多い。
毎年、貝毒にあたって命を落とす人は後を絶たない。

特に危ないのがカキだ。

毒を持っている危険性があるものを、
わざわざリスクをおかしてまで口にする必要があるのだろうか。

やはり前職で営業をしている時の話だが、
顧客が採れたての新鮮なカキを送ってくれた事もあった。

だが俺は、もちろん毒の危険性を考慮し、
美味しいと感じる最初の1個しか食べていない。

もしも2個目に手を出していたら、
今頃命を落としていたかもしれない。
危ないところだった。

さらに、貝はとても食べにくい。

サザエのつぼ焼きなどは、
その最たるものだろう。

俺も食べる時は大変苦労している。
苦労したせいなのか、
おいしく感じてしまう自分が悲しい。

また、アンモナイトのような貴重な貝は、
食べるとそれだけで世界中から非難されてしまうだろう。

したがって、うかつに口にする事が出来ない。

そして貝には、
食べる気が起きないような名前の物が多い。

たとえばバカ貝。
食べるのはもちろん、
買う事さえもはばかられるような名前である。

気取って「アオヤギ」などと呼んでいる店もあるが、
やはりバカはバカでしかない。

しかし
「バカ」の二文字を堂々と冠しているわりには、
おいしいのが難点である。

他にも食べる気が起きないような名前の貝は多いが、
容量の関係上、ここでは割愛させてもらう。


以上のように、
貝というのはとても一筋縄ではいかないものばかりである。
俺が食べない理由も納得して頂けたのではないだろうか。

それでも、
お寿司をご馳走してくれるというのなら、
いつでもご一緒する準備は出来ている。


ゆえに、
どうか気兼ねなく誘って頂いて構わない。



さて、これまで3回にわたって食糧難について考えてきて、みなさんに大変不評を頂いたこのシリーズ。

残念なことに、今回で最終回である。

今回で終わる理由は、主に3つある。

1. 俺が食糧難について考えたところで、何の解決策も見つからなかった。

2. 俺の行動と考察が、今のところ嫌いな食べ物への言い訳にしか聞こえない。

3. 真剣に食糧難問題に取り組んでいる人からそろそろ苦情がきそうだ。


当然ながら「2」の理由によるところが一番大きいのだろう。
全くって不本意であり、2の理由が全体のほぼ 99 %を占めているであろう事には憤りを隠せない。

今回は力及ばず食糧難問題を解決する事は出来なかったが、
俺の日記に触発されて、
実際に食糧難問題に取り組み、そして解決し、
ノーベル賞を受賞する人が現れる事を切に願っている。


もちろんその際の賞金は半分頂くつもりだ。


無力な僕が今後、
世界の食糧難問題に対して貢献出来る事といえば、

貴重な食料である「椎茸」や「貝」が他の人達にも十分に行き渡るよう、
スーパーで買わないようにする事だけである。


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2022.11.8
毎日遺書を書き始めた当時824日目の投稿内容。
何も言うことはないよ、君はよくやった。


過去のボクは昭和の固定観念や慣習に縛られ、自分や家族を苦しめていた事に気付きました。今は、同じ想いや苦しみを感じる人が少しでも減るように、拙い言葉ではありますが微力ながら、経験を通じた想いを社会に伝えていけたらと思っていますので、応援して頂けましたら嬉しいです。