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【悪性リンパ腫・闘病記⑤】痛みと異臭とイビキがうるさいおじいちゃん-時の流れの話-


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「Dr.STONE」という漫画が好きだ。ある日、謎の現象により世界中の全人類が石化してしまう。それから約3700年後、奇跡的に石化を解かれた天才高校生・石神千空が、文明が無くなってしまった世界で、科学の力を用いて石化の謎を解き明かす物語。千空は頭にたたき込んできた科学の知識を総動員し、火薬や鉄、ラーメン、発電機などを次々に発明していく。読むだけで科学の知識が深まる、知的好奇心を存分に満たしてくれる作品だ。

全身麻酔が解けた私は身体中を管で繋がれ、全く身動きがとれなくなっていた。さらに点滴を右手に打たれていたので利き腕を扱うことができない。文字通り、植物状態。脱する方法は、時間が経過するのを待つのみ。身体中が痛いので眠ることも叶わない。一分一秒がとてつもなく長い。

「Dr.STONE」の主人公・石神千空は謎の現象で身体が石化されたとき、意識が遠のくを感じた。油断すると命がなくなると考えた彼は、時間を数えることで意識を保つ決断を下す。

1.2.3.4.....1545.1546.1547...........853982.853983.85984...(以後割愛)

結局、彼は3700年(約116683200000 秒)数を数えることになるのだが、その根性を見習い、私も数を数えることにした。

1.2.3.4.5.6.....101.102.103.....356.357.358...あああああああああああ!!!!!!

己の忍耐力の無さに辟易する。絶対無理。気がおかしくなる。そもそも秒数なんて数えて何になるんだ、全くもって意味がない。やめだやめ!

時刻を確認する。まだ14時。時間が全く進んでいない。結局、眠る以外に方法は無いと悟り、看護師さんに痛み止めの追加をお願いし、左手の人差し指でなんとかYouTubeを起動し、つまらない説法を流しながら眠るのを待つことにした。

これが功を奏し、運良く2時間眠ることができた。身体は汗でびちょびちょだ。時計を確認すると、時刻は17時。よし、ようやく夕方だ。目が覚めるとひどい喉の渇きを感じた。そういえば、手術のために断飲断食を命じられていたため、かれこれ2日ほど水の一滴すら飲んでいない。点滴で必要最低限の水分は摂取してるとはいえ、喉の渇きは潤せなかった。

「まだ水を飲むのはダメですね」

鬼。可愛い博多弁ナース姿を装った鬼がここにいます。桃太郎さん、早く退治に来てください。彼女の言い分によると、飲んだ水が誤って気管支に入ってしまった場合肺炎まっしぐらなので、状態が良くなるまで水分を飲むことができならしい。結局、口の中を濡れたスポンジで湿らされるだけ。気休めにしかならない。

もう一つ私には悩みがあった。カーテン一枚で遮られた横のベッドに寝ているお爺さんが、とにかく爆音のイビキをきめるのである。鼻の奥が呼吸するたびに爆発しているようだった。しかも昼寝ばかりしているので日中からその威力を発揮してくる。イヤホンで音楽を聴いても、悠々に音を超えてくる。うるさすぎて発狂しそうだ。

動かせるのは左の指数本。なんとかスマホを握りYouTubeを見たり漫画を読んだりした。しかし、扱い慣れてないのでスマホを何度も落とし、その度にナースコールを押した。迷惑ばかりかけてごめんなさい。気持ちもどんどん落ちてきた。相変わらず脇腹は痛いし、聴覚も喉も攻撃され、ストレスの四面楚歌状態。あとどれくらいの辛抱をしなければならないのだろう。

ようやく夜になった。まだまだ時間はかかるけど、視覚的に時間の流れを感じられたことは大きな一歩だった。すると気が緩んだのか一気に気分が悪くなってきた。吐き気がする。でも、2日間何も食べてない私に吐くものなんてあるはずがない。それでも吐き気が止まらない。どうしよう、あ、、、吐く、、、。

仰向けの体制で自分の吐瀉物に溺れそうになりながら、なんとか顔を横に向けて、吐いた。かなりの量を吐いた。見たことない黄濁色の、酸性のヘドロのような異臭を放つ液体。横のイビキがうるさいおじいちゃんがカーテン越しに「大丈夫かー!今ナースコールを押してやるからな!!」と言ってくれた。ありがてえ…今回ばかりはその好意に甘えさせてもらう…。

看護師さん曰く、吐瀉物の正体は胃液らしいが、人生でこんな量の臭い液体を吐いたことがない。ベッドに敷かれたシーツも、着ているパジャマもたくさん汚れてしまって、左半身がさらにベタつくのを感じる。半径1メール以内に強烈な異臭がまとわりついた。

「相徳さん、ごめんなさいね!シーツも着替えもまだ替えられないから、タオルで拭くだけ拭いておくね。」

くぅ〜ん。

処置が終わったらすぐに消灯になったので21時くらいだっただろうか。体温も38度を超え汗が止まらない。おじいちゃんはイビキを始めた。喉は乾く。痛み止めは効かない。背中も痒い。そして半端なく臭い。涙が止まらなくなってきた。

「なんで俺がこんな目に…」

悲しい。何が悲しいかってまだ何も始まってないこと。検査の手術が終わっただけである。これからもっと苦しいことが待っていると思うと、絶望しかなかった。

長くて孤独な夜。結局、ほぼ一睡もできなかった。呆然と天井を眺め、あらゆる感覚を消し去ることに集中した。心を殺した。自分は存在しないものとして状況を処理することに努めた。すると、まるで己が時間の一部になったように、時を感じるという感覚が無くなっていった。

時間に対して、私たちは無力だ。

時間の流れに身を任せることしか、私たちに与えられた手段はない。

1秒、1分、1時間。

待つしかないのだ。

空がだんだん明るくなってきた。朝が来た。

「明日まで管を繋げるのが普通なんだけど、回復早いし、今日取っちゃおうか!」

死んだ心が少し脈打つのを感じた。私の身体は若いからか、腫瘍の傷の治りが早かったので管を取ることを許可された。これが取れると、起き上がることができる。着替えができる、身体が拭ける、水が飲める、、、!!人間として当たり前のことが、、できる、、、!!解放だー!!!!

ふふふふふふ。嬉しくて頬が緩んでしまう。若いって最高。万歳!!

(ん?管ってどうやって外すんだ?入れる時は全身麻酔をしたけど…)

結局、午前はそのまま耐え過ごし、午後13時に管を取ることに。ちょうど24時間くらいだろうか。いよいよ、解放の時である。すると表情が強張った、心なしか屈強に見えた3人の看護師と主治医がやってきた。嫌な予感がする。嫌な予感がする。嫌な予感がする。嫌な予感がする。。。

「相徳さん、横を向いてください」

看護師さんが私の身体を起こす。そしてそのまま肩、腰、脚をそれぞれ押さえつけてきた。すると主治医が、

「とても痛いですが、我慢してください」

身体の外から心臓近くまで貫通している管を、麻酔なしで引っこ抜く作業。処置が始まった瞬間、私は近くにあった布団を口に運んで噛み締め、痛みに耐えた。拷問だった。間違いなく人生で感じたどの痛みよりも痛い。

(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い)

「相徳さん!今から3秒数えます。そしたら一気に抜きますね!」

3

2

1

「グリグリグリグリグリグリ…」

ぎゃああああああああああ!!!!!!!!!!
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い)

「スポンッ」

ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、、、。

涙が止まらない。ポロポロポロポロ溢れてくる。今、令和やぞ。中世ヨーロッパとか戦時中やないんやぞ、令和やぞ。なんでこの文明が発達した現代で、麻酔無しで激痛に耐えなあかんねん。怒りの矛先が分からず、呆然としていた私を心配そうに主治医が労って「もう大丈夫ですからね」と言ってくれた。終わりだ。全部終わりだ。もう全ての苦痛から解き放たれるんだ!!もう知らない!!!!

「ついでに、尿管も取っちゃいましょうか」

看護師さんが言ってきた。術後は立ち上がれないのでトイレに行けない。だから、尿道にも管を通されて勝手に尿が吸い取られるようにされていたのだが、それを拷問直後に抜くと言ってきた。

「(ハア、、ハア、、)痛いですか、、?」

「私は男じゃ無いのでわかりません(キリッ)」

パジャマの結び目を解かれ、ほぼ裸の状態。激痛を浴びせられたおかげで息が荒い。「立ってください」と言われ、苦悶の表情を浮かべながら指示に従った。

「それでは、抜きます」

「はひっ」

情けない声が出た。ジェットコースターの高低差で男がよくなる、背筋が急に凍るようなあれ。抜かれた勢いで少し小便を漏らしてしまった。看護師は何食わぬ顔でそれをふきとり、「お疲れ様でした!」と言って去っていった。

残された半裸の男は、しばらくの間、人間の尊厳について深く考えることになった。

-次回へ続く-

【悪性リンパ腫・闘病記⑥】ただシャワーが気持ち良いってだけの話















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