『冨安由真展 漂泊する幻影』

ふと見つけたチラシに惹かれて、『冨安由真展 漂泊する幻影』に行きました。(※展覧会は1月で終了しています)

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この展覧会は、絵画や彫刻、写真の展示ではなく、インスタレーションです。

インスタレーションとは、「設置」という意味で、現代アートの手法のうちのひとつ。屋外・屋内を問わず、造形物を設置して、その空間全体を作品にしてしまうのです。設置された「造形物自体」ではなく、造形物が設置された「空間全体」が作品である、ということがポイント。鑑賞者が空間全体を体験するというスタイルは、演劇的だなあと思います。

そして、この展覧会はなんと劇場(神奈川芸術劇場、中スタジオ)が展示空間になっていますから、ぴったりです。


鑑賞者自ら、劇場の扉を開けるところから展示は始まります。
するとそこは、白い壁の小部屋でした。
部屋の反対側に、古めかしい木の扉があります。

木の扉を開けると、古いホテルのような廊下に出ます。
廊下の端と端が合わせ鏡になっていて、空間が果てしなく続いているよう。
思わず足がすくんでしまいます。
でも、進むしかありません。
一番奥に、また扉がひとつ。

その後も、自分でドアノブを回し、扉を開けて展示室を進みます。
扉、廊下、扉、部屋、扉、廊下、扉、部屋……

自分の足音以外、何の音もしません。
いや、逆に、微かな物音にも敏感になり、壁の向こうから何かが聞こえてくるような……(怖い。)


とある大きな部屋では、暗闇の中に、壊れかけの古い家具が点々と設置されており、天井から吊るされたライトで、それらが次々と浮かび上がります。照明の具合はとても細かく設定されていて、光が強くなったり弱くなったり、白くなったりオレンジになったり、そのうちに突然、古い家具のランプがついたりしました。移ろいゆく光と闇の中で、剥製の動物たちが、真黒なガラスの眼で虚空を見つめています。音響装置もあり、風の音や鳥の声に混ざって、ずっと遠くを車が走る音も聞こえてきます。時々、部屋の隅からするするとスモークが漂い出して、部屋全体を霧のように覆います。
舞台美術のように、空間全体が隅々まで作り込まれているのです。

私はこの部屋で、気が遠くなるほどの朝と夜を繰り返したような気がします。幾度となく、誰もいない静かな朝を迎え、オレンジ色の日差しを眺め、深い暗闇と呼吸しました。

そこは、「気配がある」と「気配がない」のはざま。
それが何の気配なのかは、わかりません。

瞬間的に感覚が敏感になったり、そうかと思うと、ふわっと眠気に包まれるように曖昧になったり。こんなふうに空間全体を体験するなんて、まるで演劇作品の中にいるようです。



ようやく、出口の扉を開け、外の眩しさに思わず目をしばたかせました。日常世界のざわめきが懐かしい。

不思議な体験でした。
私は、観劇後のような、ふわふわとした足取りで帰宅しました。

こちらの動画で、展示の一部を見ることができます。



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