翻訳アプリの詩情
フランスの詩人ジャン・コクトーの作品に、『カンヌ』という詩があります。中ほどで、「私の耳は貝の殻 海の響きを懐かしむ」(訳:堀口大學)という有名なフレーズが出てきます。カンヌとは、フランス南東部の、海辺の街です。
思い出のミモザが
おまえの帽子の上で憩った。
という冒頭の2行を、翻訳アプリにささやいてみました。
Le mimosa du souvenir
(ル・ミモザ・ドゥ・スーヴニール)
Sur ton chapeau se reposa,
(シュール・トン・シャポー・ス・ルポザ)
だいぶ、簡潔になりました。リズムが良いです。
「お土産」の読みが「おみやげ」ではなく「おどさん」になっているのも、なかなかにスパイシーです。
こうなると、ほかの詩も、試さずにはいられません。
せっかくなので、同じくコクトーの『踊り子』という詩から抜粋して。
蟹が出てくる、つま先立ちして、
腕は花籠の形にして。
蟹は耳元まで微笑する。
バレエでは、足をターン・アウト(外向きに)するのが基本形になります。
蟹歩きの踊り子は、バレリーナのことでしょう。コクトーが、蟹を見てそう思ったのか、バレリーナを見て思ったのかは、わかりません。
Le crabe sort sur ses pointes
(ル・クラブ・ソール・シュール・セ・ポワンテ)
Avec ses bras en corbeille;
(アヴェック・セ・ブラ・サン・コルベイユ)
Il sourit jusqu’aux oreilles.
(イル・スーリ・ジュスク・ゾレイユ)
私の発音技術の低さにより、「耳元まで」が「耳を振る」になってしまいました。蟹も、バレリーナも、たぶん耳は振らないと思います。
最後に、私の好きな詩を。
ギヨーム・アポリネール『ミラボー橋』の冒頭です。
ミラボー橋の下 セーヌが流れ
二人の恋が
なぜこうも思い出されるのか
Sous le pont Mirabeau coule la Seine
(スー・ル・ポン・ミラボー・クール・ラ・セーヌ)
Et nos amours
(エ・ノザムール)
Faut-il qu’il m’en souvienne
(フォティル・キル・マン・スヴィアンヌ)
1行目もへんてこになってしまいましたが、とりあえず目をつむるとして。
2~3行目が、壊滅的でした。
こんなのを、何回も繰り返しました。
何をこれほど必死になっているのか、だんだんわからなくなりましたが、それでも一生懸命、アプリに話しかけ続けました。
……しばらくして、ようやく聞き取っていただくことができました。
……翻訳のぎこちなさこそ、アプリならではの詩情かと存じます。
遊び相手にしてみるのも面白いかもしれません。
詩のイメージ(シャガール風)
※フランス語を少しかじったことがある程度なので、間違っているところがあるかもしれません……。
(参考資料:安藤元雄・入沢康夫・渋沢孝輔編『フランス名詩選』岩波文庫1998)