即効性より確実性。8年かけてわかったこと、変わってきたこと。
本当の自立って何だろう?①
さて、わたしは、ちょっと変わった人生の持ち主で、
32年という長い歳月、実父を知らずに暮らしました。
十代の頃、お父さんを知りたいと思っていた時期もあったのですが、
ある一撃を受けて(笑)その日を境に、その想いを封印して、
大人になりました。
日々暮らすこと、目の前のことに追われる毎日。
いつの間にか、30年余りの時が過ぎていました。
働き始めて、母と支え合って暮らしていたと信じて疑わなかった数年を過ごし・・色んなことが重なって、わたしは家を出ました。
余裕があると言えばウソになるけれど、親から離れて暮らすことが出来ている。
十分に『自立』できていると思っていました。
数年して夫と出会ってトントンと結婚することになって、、
完全に親元から離れて『自立』してると思ってた。
結婚したから、経済的に実家を頼っていないから、、
子どもを産んだから。(わたしは子どもはいません。念のため・・)
だから、わたしは自立できている。
かというと、実はそうではなかったりすることがあります。
わたしは、とても大切な気持ちを自分でもわからなくなるくらい心の奥底に閉じ込めていました。
お母さんが傷つかないように。
お母さんが不安がこれ以上増えないように。
お父さんが困らないように。
お父さんの大切な家族を傷つけないように。
お父さんの大切なものを壊してしまわないように。
はじめての座では、お母さんからのたくさんのものを抱えているわたしがいました。
何度も座を開いて、数年かけてようやく3人のお父さんを座に置くことが出来ました。
そして、30代半ばでやっと、お父さんを探してみる、という選択肢を持つことが出来たのです。
だれの迷惑も顧みず、、何かに動かされたような流れでした。
(市役所の人は神様に動かされてるんじゃないかと思うくらいの対応だったし、電車が来るタイミングもおかしかったし、歩いていても地面が動いてるみたいな感覚になりました。)
そして、お父さんにあってから数か月・・知ってしまったのです。
どう考えても失礼すぎる父の言葉と態度の連続にわたしがブチ切れると、
わたしは、『捨てられた』と聞いて、それを心底信じていたのですが、
でも、父は『捨ててない。』と言いました。
全く真逆・・
おい、おい、おい・・そんなことがあるのかい(゜-゜)
頭をぶん殴られたみたいな衝撃。
本当のことを然るべきタイミングで聞いていれば、
こんなにも傷つかなかった。こんなにも苦労しなかった。
夫に出会える世界線がこの運命ならば仕方なかったのか。
いや、でも、もっと違う人生があったんじゃないかと、これまで感じたことのない、怒りを通り越した抱えきれない気持ちが溢れて溢れて、本当に苦しい時間を過ごしました。
(なにがどうなってそうなったのか・・ここでは『認識の違いがあった』ということにしておきたいと思います。)
真実を知る権利。
家族の座に『真実をしる権利』というセオリーがあります。
そして親を知る権利というものもあって、
子どもにとって、真実を知ることも、親を知ることも権利なのです。
黙っていればわからないと思いますか?
隠されていれば、子どもはそれだけで傷つきます。
然るべきタイミングできちんと伝えれば、子どもは理解します。
それが真実であれば、会えないことも受け入れることができます。
とても繊細な問題だから介入はできないし、これは私個人の想いになるけれど。
どうか、親の都合のためだけに、傷つく子どもが増えませんように。
そう願って止みません。
そのことを知ってまた数年。
結婚して10年。
ようやくわたしは、夫の横に立つことが出来るようになりました。
家族の座をはじめて受けてから、8年が過ぎようとしています。
生き方を根本からというくらい変えて来たのですから、これくらいかかるし、そして旅路はまだまだこれからも続く。
これからもまた、少しずつ、でも確実に。
何かが変わっていくはずです。
今日はここまでです。
自立について、また書きたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございます。
2025年1月からスタートのリソースワーク~家族の座~の募集を開始しています。本当の本当に、自分の人生を生きたいと願う人に。