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【小説】 look at me
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そんな広告を尻目に電車へ乗り、降りて階段を登る。改札を出るとまた広告があちらこちらに貼られていて、携帯の画面上でもバナー広告がチラチラと揺れ動く蝶のようにちらつく。どの広告も花のように鮮やかで、まとわりついて離れない。華やかで目を賑わすものもあるので嬉しい反面、時折鬱陶しくも感じずにはいられなかった。
携帯なら通知をオフにするか片っ端からバツを押すか、報告するかで消せるけれど、物理の広告は消えないし消せない。そこに雑然と並べられて大きさばかりが幅を利かす。どこまでも、四角い枠が上へと伸びるビル群が立ち並ぶ都会は、際限を知らない。夜、ネオンの輝きと共にさらに主張する。「私を見て」と。
見上げるのも、スクロールするのも、片っ端からバツをクリックするのもそろそろ飽きてきた。この作業だけで1日の50分の1は使っているような気がするし、それだけ何かを観る時に入るノイズが大きくなりつつあった。人の集中を欠く広告があまりにも多すぎる。次第に私は自然と文字を読み飛ばすようになってきた。「読まなく」なってくるのが自分でも感覚としてあって、「そこに書いてあるじゃない」と不意に言われる一言が怖い。いつの間にか「読めなく」なる気がしている。そこに文字があったとしても。
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誰もが視線を欲しがっていた。
視線の先にあるものが自分であってほしいと願っていた。
過ぎゆく人でもふいに見上げた人でもいい。もちろん、私だけを見てくれるならそれに越したことはないけれど、そんなことが難しいのは分かってる。だから、欲張りは言わないし我儘も言わないから、私を一瞬でも見てほしかった。視線をくれるなら、誰でも良かった。
「見られる」にはサイズが大きければ注目するだとか、奇抜なものなら気を引くだろうだとか、そんな思惑に振り回されて私は大きくなったり小さくなったりカラフル彩られたりする。時々エフェクトが追加されたりライトアップして着飾る。昼でも夜でも構わず照らされているのに、誰も見ない。誰もすごいと言い合わないし、誰も見上げて口々に話すこともない。疲れた顔が右から左へと、手元に写る小さな枠にのみ囚われてため息混じりに過ぎていく。
いつからだろう。こんなにも寂しい気持ちになったのは。昔は私を見て勇気づけられた、だとか売り上げが上がっただなんて褒められたのに。雨晒しに遭っても、雪が降っても引っ込むことなく立ち続けているというのに、誰も見てくれない寂しさが募っていく。いつか地震が起きた時に私が倒れて踏み潰してしまわないかなんて不安も抱えているけれど、メンテナンスに来る人のおかげで少しは安心して立っていられる気がする。
明日も明後日も明明後日も同じ日々が続くのだろうかと思うと怖い。でも、それでも私は立ち続けるしかない。ほんの一瞬でもその人の心に届くと信じて。
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「お疲れ様でしたー」
そう言って、私は今日も会社を退社する。駅に向かうと増えてくるのは人ごみだけでなく看板も押し寄せてくる。これがこうとか、あれがああとか。ガヤガヤしていて厄介に思えるものの中でも、たまに信号待ちしている間にホッとする一言が隠れていたりするから面白い。その一言にちょっとだけ視線を奪われつつ、気持ちを新たに足早に駅へと足を進ませる。
まだ「読めた」と思う自分にもホッとしつつ、携帯の通知画面を見る。
「明日の天気は最高気温21度最低気温17度曇り時々雨」
溢れる文字の中から掬い上げる言葉は、私にとって大切なものだけなのだ。