【小説】 知らぬが仏
「ジュンちゃんって変だよね」
そう言われた当時の友達からの一言を、今でもたまにふとした瞬間に思い出す。
「何が変なの?」
そう聞き返すと、彼女は唖然とした顔で暫く沈黙し、苦し紛れにこう言った。
「….変なものは変だもん。何か。」
「どこが変なのか教えてよ」
そう再三問いかけても、彼女はフイッとどこかそっぽを向いて歩いて行ってしまった。変だと言ってくれたなら、どこが変なのか教えてくれればいいのに。なんて当時は思ったものだったけど、今思うと、ただ彼女にとって私は気に食わない対象だったのだ。全く噛み合っていなかったからこそ、上手く関係が続いたし、当時は知らなくて良かったのだと思う。
「知らぬが仏、知るが煩悩」
世の中にはこんなことで溢れている。
知らない方が心が穏やかでいられるのに、嫌でも入ってくる言葉に振り回される。誰かの何かに対する感情の激流が、言葉となって押し寄せる。
「あの子には本当に助けられた」
「残業頑張ったからボーナス楽しみなんだ」
「いくら稼いだの?」
「また髪傷みつけたわね」
上手く流されないようにすることが生きる為の必須条件だから、必死に抗い続けて、言葉を聞かないようにシャットアウトしてきたのに、それでも、すり抜けて入ってくる言葉があるから難しい。
そうして入り込んだ言葉に居座られると、息づらい。生きづらい。次第に転がり落ちていく気持ちを止めることが出来なくて、また息が出来ない。
知りたくなかった。
親が私に対して思っていたことも、こうあって欲しいと縛られたことも、何もかも。
家族の中で言われた言葉を時折反芻しては、誰かの気持ちに気づいていく。
大人になった証とも言えるけれど、それでも過去に言われた言葉の真意に気づけば気づくほど、切り裂かれる。
知りたくなかったなぁ。
色々見える景色が美しくなくて、恐ろしい。
それでも、生きろと言うんだろうな。
齷齪しながら、ジタバタしながら。