【小説】 cleaning
あんなこともこんなこともあった過去の一つ一つが、老朽化した塗装のように剥がれていく。ぽろりぽろりと錆びたかと思えば落ちていく。そういえば、あの記憶もきっと落としていく。
「ナコなんていてもいなくても変わんないw」
そう言い放った旧友は今度、結婚する。
そんな相手から招待状が届いた時の気持ちを答えよという問題があったら、何て答えるだろう。正直、小説の人物よりも現実に起きた事象から感情を考える方が現実的ではなかろうかと思うことが、多々ある。
4択でも収まらないほどの感情が渦巻くものだし、論文形式の回答だったとしても足りないだろうな。感情とは、難しいのだ。本当に。
LINEでURL形式で送られてきた招待状を眺めた私は、回答に困った。忘れていた記憶が記された日記を最近読んでしまったことも、悩む原因の一つではある。当の本人は一切覚えていないだろうし、こんなことを引きずるものでもないことも何となく頭ではわかっている。わかっているけれど、頭でわかることと心でわかることとは別なのだ。こればかりは、きっと第三者にはわかりまい。回答者は当事者だけで十分なのだ。
夜に送られた内容を見つつ、翌日まで持ち越すことにした。結局、夜に考え続けても体に毒だった。好きな音楽を聴きながら、布団に入る。ちらつく考えを他所に、眠りたい脳はスッと夢の中へと潜っていった。
翌朝になってぼーっと空を見つめる。脳はまだ起動していないみたいだ。
ふと携帯を眺めれば、忘れていた記憶が蘇ってきて、また考えなければならないおふれがちらつく。持ち越したとしても何にもならないのに、それでも揺れる気持ちを抑えるには十分な睡眠だった。冷静に咀嚼した感情と、過去を決別して忘れていくには、必要な睡眠なのだ。
「お誘いありがとう!当日会えるのを楽しみにしてるね」
ありきたりな文面を返したら朝の支度をしに洗面所へ向かう。歯を磨きながらストレッチをして、口を濯いで顔を洗う。さっぱりした肌を触りながら、鏡の中の自分と目が合った。染みついた汚れと共に落とした記憶から解放された私は、少しだけ綺麗になった気がした。
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