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【小説】 趣味:読書

「趣味はなんですか」
そう問われたら、私は真っ先に読書ですと答える。
すると、8割ほどは嘲笑気味にそうですか、と答えて終わり。
このやり取りの、なんと意味のないものかと、毎度のことながら思う。
相手の趣味が自分の趣味と合致しているかどうかの答え合わせがしたいだけの問い。ただ、相手が喋りたいだけの壁を見つけるためだけの言葉。
そして最後には合致していないとわかるや否や、侮蔑。
読書ってそんなに軽蔑されてましたっけ?
あれだけ小学生の頃に「読書感想文」と題された宿題を出されたり、「朝読書」なんて仰々しい言葉を使って時間を設けていたというのに、気づいたら周りには誰も読書を趣味にしている人がいなくなってしまいました。
私は相変わらず、このやりとりに辟易としながら、失礼しましたと言って席を立つ。
面接はいつも通り、なんら変わらなく、それこそ筒がなく終わった。
誰も私と合致する札はいなかった。

「聞きました?例の子。趣味が読書っていうーそうそう。あんまりパッとしないっていうかさーなんというか地味。普通って感じだよね」
「そうそう、オール3って感じの子。いたよね、ミズサキさんどう思った?」
相変わらず相手に噂話から持ちかける同僚が二人横にいる。
「どうも何も、普通でしたよ」
「そっかー」
「タデさんも担当だったらしくてさ、向こうでも探り入れたら普通だったーって言ってたの」
先日、面接を受けにきたという女性社員についての話題で持ちきりだ。なんでも、容姿も普通、趣味も普通、前職での成績も普通、とのことらしい。特に取る必要ないかなーって話していたが、最近の人手不足も相まって、社内派閥が出来て意見が割れているらしい。暇なこって。
口先ではなく手を動かしましょうねー
なんて内心悪態をつきながらキーボードで業務を進める。
この手の話題は尽きないので、皆面白いらしい。文春かここは。
カタカタと話を聞き流しながら作業をしていると、上長が見回りに来て周りも元の席に戻り出した。ようやく静かになったとホッとしていたところへ、もう一件厄介ごとが舞い込んだ。
「ミズサキさーん、お電話です」

面接の帰り道、私は決まってどこかのカフェに立ち寄ってから帰宅する。
今日は無性にグルグル考えがまとまらなかったので、行きつけの向かいのお店に入ってみることにした。行きつけだとあまり落ち着けないと思ったのもある。
「いらっしゃいませー何名様ですか」
静かに指を1本立てると、こちらへどうぞとテーブル席へ通された。窓際の交差点が見えるいい席だった。
一人で静かに落ち着ける空間を貸してくれるカフェって本当に素敵。
そんなことを思いながら、徐にメニューを開く。コーヒーか、紅茶か、はたまた野菜ジュースか。
健康のことを思うと野菜だが、ここは長居することも鑑みてホットコーヒーを注文した。丁寧な受け答えの中に感情を込めてお礼を伝える。
一言一言、丁寧にありがとうございますを伝える。
この所作でさえ、最近は他であまり見られない。なぜなのかは、わからないけれど。
注文後の暇つぶしにカバンから一冊の本を取り出した。今読みかけの文庫本。毎月出る新冊コーナーからビビビっと来たものを厳選したものだ。
挟んでいる栞をとって、本の世界へ飛び込む。
こんな考えがあるのか、こんな表現があるのか、こんな言葉があるのか。
そんな世界の美しさに触れて、私は益々面白くなる。潜りたくなる。もっと、もっと、もっとと思ってしまえばしまうほど、読み込んでしまう。
「お待たせしましたーこちらホットコーヒーです」
ふと目線を上げた時に店員さんからの声を受けてはたと我に帰る。
そうだ、ここはまだカフェの中だった。
私は潜ってきた場所から意識を引き上げて、窓の外を見る。ゲリラ豪雨が降り出したらしく、誰もが足早に駅へ走っていた。雨足が強くなり、窓へ打ちつける雨が次第に滝のような流れとなった。

いつから、同じ目線で潜ってくれる人がいなくなってしまったのだろう。
みんな、同じ学校で同じように本を読んでいたはずなのに。
そんな寂しさを覚えたのは、中学の頃だった。初めは些細な会話の話についていけないことに問題があるのではないかと思った。芸能人のニュースや漫画やアニメの話題についていこうと、流行ものは見るように心がけたし、少しは話題に対して頷けるよう工夫した。それでも。やはりメッキは剥がされてしまいやすかった。私はそれらを本当に「愛せなかった」
一人、また一人と私の元を去り、気づけは私だけが私の世界の中に浸っていた。広い海の中を一人、潜っては浮かんで、泳いでは漂って。
いつか、誰かと巡り会えたらいいな。
同じ本好きの人と一緒に、本の世界を回りたい。ただそれだけでいい。
なんて思っていたら、カフェにずぶ濡れになって入ってきた一人の女性がいた。細くて華奢な佇まいに黒髪を後ろで束ねている。急な雨に降られたせいでジャケットがほのかに濡れていて、花の香りがふわっと香った。
私があまりにも凝視しすぎてしまったせいか、向こうと目が合ってしまい少々気まづくて視線をずらす。外の雨はいよいよ大詰めの如く降り注いでいた。
店員さんに一言二言話した彼女は私の方へとコツコツと歩いてきて、こう問うた。
「相席、いいですか」
見ると周りは席がいっぱいで、私のところくらいしか席がなさそうだった。
静かにどうぞどうぞと答えると、彼女は百合のような笑顔で返した。
「ありがとうございます」
サッと座った彼女は店員へ手早く注文を済ませ、私にそっと問いかける。
「先日、うちの面接に来られた方ですよね」
私は急に怖くなって、違いますと強めに答えてしまった。
すると彼女はそっと「そうですか..ごめんなさい」と塩らしく俯いてしまった。お互い罰が悪そうに黙っているのも変な話なので、私は読み途中の本を開いた。すると彼女がパッと顔を輝かせて聞いてきた。
「本、お好きなんですか」
「ええ、好きです」
「よかった、私も好きなんです。今読まれているのは何ですか」
それから、本の話をたくさんした。勿論、たわいもない話もしたし、深い話もした。時間の許す限り、本についてお互い話を続けた。
こんなにも言い合える相手がいるだなんて、思いもよらなくて私はワクワクするような、くすぐったいような気持ちでいっぱいになった。
まだ、この世界も捨てたもんじゃない。
「また、お会いしたいです。連絡先、伺ってもいいですか」
彼女に言われるがまま、私は携帯の画面からLINEのQRコードを開く。
「ミナさんですね、ありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます。お話伺えて大変嬉しかったです」
「いえいえ、こちらこそ貴重なお時間いただき、ありがとうございました。よかったらまた近々、お茶しませんか」
「はい、是非」
笑顔で彼女を見送ると、私はまた本の世界へ戻った。ふと視界の端で外を見ると、気づけば雨が上がっていた。
同じ読書仲間がいることの心強さを身に沁みて感じた私は、また本へと目を移す。曇天の隙間からは微かに薄い空色が顔を覗かせていた。

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