余命半年の人に眼の手術はするべきか
『自分はあと半年の命なんで、別に見えなくてもいいんです。』
初めてお会いした時、すでに佐藤さん(仮名)は末期の拡張型心筋症でした。
両眼の視力低下で循環器の先生からコンサルトを受けたのですが、診断は白内障。
水晶体混濁の感じから、手術すれば視力は出そうな印象でした。散瞳も悪くなくて、水晶体動揺もなし。白内障の手術自体は難しくない症例です。
これならできる!と白内障手術を勧めたのですが、佐藤さんは余命が短いから眼の手術はしないでいいと断られました。
とりあえず点眼薬で経過観察する方針となりました。
白内障は現代の医療だと手術以外に治す方法はありません。白内障点眼薬(カリーユニ等)は、あくまで白内障の進行をゆっくりにするだけで、白内障自体が治ることはありません。
それから2か月経ち、佐藤さんから、
「新聞の文字が見えなくなった。やっぱり白内障の手術をしてほしい。」
と言われました。身体のほうがキツイようで、ひどく弱っている印象を受けました。
その頃、予定手術が一番埋まっていた時期で、半年先までいっぱいでした。
ですが、半年先だと佐藤さんの心臓は持たない可能性が高い。
なので、無理を言って手術の枠の追加を申請しました。
通りました。
何か文句言われるかと思ったんですが、『余命半年の方だから、すぐにでも手術したい』と言ったら、めっちゃあっさり通りました。
捨てたもんじゃないぞ、うちの病院。
佐藤さんの白内障は進行が速く、手術時に水晶体混濁はG3~3.5以上くらいになっていました。眼底検査で眼底がかなり見えづらいくらい。進行の速さは循環器の薬によるものか分かりませんが、少し異様でした。混濁の仕方も暗い色で独特だった。
ECCEにコンバートもあるかと思って手術に挑みましたが、最近の機械の進歩は素晴らしく、PEA+IOL、いわゆる型通りの手術を両眼ともに終えることができました。(核はかなり固くて狼煙が上がりっぱなしでした。)
予想通り視力は1.0まで改善。文字が読めるようになった!と佐藤さんはとても喜んでくださいました。
本当嬉しかった。外科をドロップアウトして、眼科になって人の命を直接救うことって多分もうできなくなったんですけど、こんなふうになら役に立つ事は出来たかなと。
実は、数年前にも似たような状況がありました。余命の短い患者さんで、かなり進んだ白内障の方。白内障自体は手術すれば良くなりそうなんですが、その時僕は眼科で一番下っ端だったんです。
部長の先生に手術を提案したんですが、万が一、眼科入院中に持病のほうで亡くなった場合を考えると白内障手術はしないほうがいいと断られました。
この時くやしかったんです。
その患者さんは後半年の命でも、その半年、眼がよく見えたほうがいいじゃないですか。
でも、手術の決定は部長の許可がないとできません。
この時の部長は、けっして悪い人ではありませんでした。教育熱心で面倒見のいい、いわゆるいいお医者さんでした。
そしてその時の患者さんは佐藤さんと違って網膜の状態も悪く、手術をしても明るくはなるだろうけど、視力が戻るかは微妙な感じでした。
だから、判断としては間違ってなかったと思います。
そして、眼科は基本的には入院中に亡くなることは無い科なので、万が一亡くなった場合、大事になることがあります。それがたとえ持病や、眼科としては全然問題ないことでも、ご家族に訴えられたりという事になりうります。
そう考えると部長の判断は正しかった、というか間違ってなかったと思います。
今回僕が手術できたのは、僕が一人医長で田舎の病院だったことも大きい。
とはいえ万が一入院中に佐藤さんが急変等あったら、僕はご家族に訴えられたりしたかもしれないのも事実です。
自分でも、あやうい生き方してるかもしれんと思うことがあります。
とはいえ、今回は結果オーライで佐藤さんの眼を治せて良かった。
本当良かった。
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