歌うレストラン。五感で楽しむ食の旅
「君とで~あ~あってから~い~く~つも~の」
米米CLUBの浪漫飛行だ。
店内の照明が落ち、ろうそくの優しい光が揺れる中、爽快な歌声が響き渡った。
ここは静岡県静岡市。静岡駅からバスに揺られ、吐月峰駿府匠宿(とげっぽうすんぷたくみしゅく)入口バス停を降りて歩くこと約5分。すると、大通りから少し外れた場所に、スタイリッシュな建物が姿を見せる。
泉ヶ谷 工芸ノ宿 和楽だ。
築100年を超える古民家をリノベーションし、タイプの異なる5つの部屋がある。
それぞれの部屋にはプライベートサウナ、そして職人さんたちが手がけた家具なども用意されている。
伝統の技と、現代の快適さが融合する和楽の宿は、五感を刺激する場所だ。
宿からすぐの距離には「駿府の工房 匠宿」エリアがあり、今川・徳川時代から静岡に受け継がれてきた駿河竹千筋細工・和染・木工・漆・陶芸などの伝統工芸を体験できる施設となっている。
施設は新しくスタイリッシュなのに、むかし懐かしい気持ちになれる空間でもある。
さて、私が米米CLUBの歌を聞いた話をしよう。
夕食は宿泊エリアから程近い距離にあるレストラン「Simples」。
真っ黒な外観に、店内のオープンキッチンが丸々と見える大きな窓。
中に入ると気さくなスタッフの方々が出迎えてくれる。
カウンター席で料理がスタートした。
メニューには食材となる名前だけ。
カマス
エボダイ
メイゴ…
シェフがどのように料理にして出してくれるかは、でてきてからのお楽しみというわけだ。
そんなふうに想像を膨らませてからいただく料理は、どれも静岡の海の幸を五感で堪能できて素晴らしく美味しい。
食が進む中で、ふと照明が暗くなった。
このタイミングはだいたいお祝いだ、というのはそれなりに気付くもので。
お隣のご夫婦の結婚記念日だったようだ。
ケーキにろうそく。
スタッフの1人、白髪まじりの長髪を後ろで一つ結びにし、まるで映画のワンシーンのような、路地裏のバーテンダーを思わせるダンディなおじさまが、にこやかな笑顔でお祝いの一言を添えていた。
居合わせた客はみな拍手でお祝い。
さらにダンディなおじさまは、
「1曲歌います」
ときた。
お誕生日だとハッピーバースデーが定番だが、結婚記念日。
そこで選曲が米米クラブ「浪漫飛行」だったのだ。
選曲のセンスの良さ、そして歌がとても上手い。
みんな手拍子を添えてスタッフの方々もそこにいたお客もみなが一体となっていた。
ただ食べるだけではない。
歌って雰囲気を作って、食事を楽しみ、思い出の一つとなる。
そんな空気をさっと作り出せるのはダンディなおじさまスタッフだけでなく、シェフや他のスタッフも皆で作り上げてきた空間があるからだろう。
あたたかい雰囲気に包まれたなかで、今回のコースで唯一のお肉「キタノあか牛」がでてきた。
これはあとでシェフから聞いた話になるが、魚中心のメニューにアクセントとしてお肉を入れたいと思うなかで、キタノあか牛は魚のコースを邪魔しないちょうどよい味なのだとか。
駿河湾の海の幸・静岡の山の幸をメインとしたコースに、キタノあか牛が魚料理の余韻を損なわないように、それでもしっかりと存在感を示す。
その絶妙なバランスに、感嘆の声が漏れた。
それはレストランというメインの食事処に、歌を添えてインパクトを残すSimplesそのものだった。
ここ数年は、オーベルジュ※を中心に旅をしている。
ただ食べるだけではない。
体験として、地域の歴史や風景、そしてシェフのこだわりが五感を通じて広がっていく。
それがオーベルジュの真髄なのかもしれない。