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tantra orgasmic body in名古屋

TantralifeJapan のwsを名古屋で2日間受けてきました。

その時に感じたことの走り書き。



抱擁のエネルギー

おなかのあたりでこみあげて あふれるエネルギー

気づけなかったこころの叫びに気づけた瞬間

”このきもち、置いてかれてるよー”

とめどない涙が一緒に出てきたり 

大笑いが一緒に出てきたり

めちゃくちゃ怒ったり 

忘れてた過去のメモリーが蘇ったり。

それを全て味わう

そうすると

生きる、ただそれだけが至福
幸せでたまらない 

そんな世界がやってくる

そうやって目に映る景色が、ころころと変わっていくことが

お腹の底まで呼吸が入り

内側にあるものが全部まるっと流れ出すことが

めぐっていくのを身体が理解することが

ただ、ただ、気持ちいい。生きながら死んでいた、身体が蘇る
身体中の全細胞が喜んでいるのがわかる

溜まっていたものがぐるぐる流れ出す

それはそれはオーガズミックである。

身体はこんなにも気持ちよさを味わうことができる。

そこでは内側と外側の境界線が溶ける。

わたしとあなた

比較や評価が、存在しない。

薄暗く覆われた社会的な”性”の概念がない。

エロティシズムや美的感覚-センス スタイル- の囲いもない。
濁ったエゴも、時間軸も溶けてなくなる。

外側の飾りが全部なくなって

ただそのわたしとあなたのつながりの
幸福感だけが残り続ける。

なにも 持たず、構えず、飾らず

本当はなんにもいらない。

お化粧が取れても、お洋服着てなくても、言葉がなくても、宗教がなくても

この場所に今生きる身体があるだけで。

もうただそれだけで。

生きているという事実の本質。

はじまっておわるまで
どんなときでも
身体が在り、呼吸は止まらない

そんな、生きていることの本質。

その波は、その時にキャッチしなければ 過ぎ去っていく。

永遠にはその気持ちは、そのエネルギーは続いていかない。いつかは終わる。

生きているとは、変化しているということだから。

だから

”今”をキャプチャーする事は 反対の場所に、等しく ”死”を意味する。

”生きる”をちゃんとやれば、常にorgasimicである人生。

停滞を放っておけば新たなパターンを構成してしまう。

アトラクションに乗っているかのように臨場感のある。

生と死は常に隣り合わせで、特別なことではなく。ただ終わるだけ。

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