OFFICE TOSHIKI NASU/病院で治らない時は視点を変える
「病気が治ったから元気になった」と「元気になったから病気が治った」
今日のはじまりは、あるドクターが書いた本の一文の紹介から。
なぜこの内容を紹介したかというと、このことは鍼灸にも言えることだからです。
2014年に実施された鍼灸の年間受療率が調査されたところ4.9%であることが報告されました。
加えて、翌年には月間受療率が1.2%と報告され、鍼灸に対する厳しい現状が次々と明らかになっています。
このような状況は日本に限ってのことなのかというと、韓国では受療率が日本の10倍とはいえ、韓医学を「信用している 59.4%」「どちらでもない 34.6%」「信じていない 6.0%」 という結果が出ており、「信用していない」「どちらでもない」と答えた406人にその理由を聞くと、男性と女性とではその理由に違いが表れていて、
男性は「科学的根拠の欠如 59.3%」「標準化されていない治療方法 36.4%」
女性は「安全性の疑い 47.4%」「科学的根拠がない 44.3%」
60代では「安全性への疑い」「悪評」「高価格」「悪影響を及ぼす」などがあったそうです。
両国とも高等教育が当たり前になっており医学の科学化や標準化の重要性を重んじるのは必然です。
信頼を高めるには常にその効果と安全性を厳密な臨床試験などで探求することが必要であり、得られた知見を共有し、かつ慎重に利用する姿勢が鍼灸師側に求められます。
しかし「科学的根拠がなければ医療ではない」「2000年も前のクスリを使っているのは理解できない」という批判もありますが、1人ひとり個人差のある中で標準化の枠に押し込むのは患者さんにとって不利益なものです。
イワシの頭も信心から
例えば「イワシの頭も信心から」という言葉がありますが、どんなものでも信仰するものがあれば人は救われますから、ターミナルケアで医師は聖書を勧めます、初節句、出産祝い、七五三詣り、厄払い、成人の祝い、結婚式、齢祝い、合格祈願、初詣も同じです。
けれどそれで病気が治るかというとどうでしょうか?
ただし西洋医学の「病気が治ったから元気になった」という考えではなく、東洋医学の「元気になったから病気が治った」という考えをもちいたならば心の平安によって医療になります。
つまり医療の目的は、科学的根拠でも標準化でもなく、病める患者さんを安全により早く、より経済的な負担の少ない方法で治すことになります。
ですから、確かに代替医療としてトンデモ療法・医療は目を瞑ることはできませんが、人が救いを求めてしまう理由もまた必然なのかもしれません。
ただ、改めて医療の本来の目的を考えた時、西洋医学に対する不信感も東洋医学に対する不信感も同じであり、科学だから安心、非科学だから危険というのは違います。
そして大切なことは
「病気を未然に防ぐこと」
「病気を小さい状態で治めること」
ではないでしょうか?
強いとは何だろう
合気道の達人である、故・塩田剛三先生は「合気道で一番強い技はなんですか?」と聞かれ「それは自分を殺しに来た相手と友達になることさ」と答えています。
西洋医学において「病」は人を脅かす侵略者であり悪の存在です。
そのため「病」を倒すことが至上命題になりますから、病気と闘い続け、勝利を収める必要があります。
病気になった時、その病と友達になるというと語弊がありますが、病に勝利して表面上では見えなくなったとしても、根本原因が変化しなければ、また別のかたちで何度も現れてくるものが病です。
ですから自分にとっての健康を最初に決め、自分がどこへ行きたいか、目的地を決めるということが大切であり、自分の人生で大切なことを改めて問い直す必要があります。
そしてそこへ向けて今何ができるかを主体的に考え、自分が主役となり、自分自身の心や体の問題として取り組むのです。
「病気が治ったから元気になる」という考えと「元気になったから病気が治る」という考え方は、善悪や優劣ではなく、アプローチの違いですが、「病気を治す」という考えだけに固執すると、生活や人生は「病気」を中心に動いているということになりますよね。
しかし「元気になる」「健康になる」という考え方を重視すると、生活や人生は「元気」「健康」を中心に動いていくことになります。
健康とはなにか。
それは生きる実感と生きる喜びを自然と感じている時ではないでしょうか。
その時「身体」と「心」、「部分」と「全体」は協力し合い、ひとりの人間として「全体性」を成立させています。
ですから「合気道で一番強い技はなんですか?」と聞かれ「それは自分を殺しに来た相手と友達になることさ」という答えは全体性であって、病と戦うことは部分であり、それが全体へと波及するのですから、日ごろから全体性を心身共に整えていくことは生きるための原理原則になります。
だから私はこのような診療方針をもっています。
私に出来ることは原理原則のもと、あなたの「いのち」「こころ」「からだ」「たましい」を健康・調和へと導くこと。
それは難しいことではなく自然なこと。
だからこそ、私はヘルス&ウェルネスの場を作りたい。