Logicoolが追求した体験の価値、家電量販店を起点としたeスポーツマーケティングの始まりを元責任者に訊く
先日、Logicoolが家電量販店でゲーミングデバイスコーナーを開拓してきたという偉大な仕事を讃えたい、と思って記事を書いた。そうしたら、当時の担当責任者──古澤明仁その人から連絡があり、直接お話をうかがう機会をいただけた。
この記事での僕の推測はどれほど当たっていたのか。また、eスポーツやゲーミングデバイスといった言葉が一般に認知されていない時代の苦労はどうだったのか。そして、これからゲーミング商品を開発・販売するときはどんなことがポイントになるのか。
eスポーツとメーカー(ブランド)とリテール(小売)という話題に関心がある方にとっては、最後の疑問が最も気になるところだろう。せっかくなので、今回は尋ねることのできた事柄を共有したい。いつもながら、じっくり読んでもらえると嬉しい。
※そもそも僕がLogicoolのゲーミングコーナー戦略について書こうと思ったのは、eSPORTS TRINITYというカンファレンスでサッポロビールの福吉敬に「なぜ新しくゲーマー向けの商品を開発せず、既存商品の訴求をすることにしたのか」と質問したことがきっかけだ。メーカー都合で開発してもリテールと取引できない可能性があり、まずは流通の確立している既存商品で取り組んでみたかったとのこと。そこから、Logicoolが家電量販店でゲーミングコーナーを開拓したことがいかに偉大な仕事だったかと思い至るのに時間はかからなかった。
古澤明仁とは何者か
さて、2013年当時、Logicoolでゲーミングデバイスのマーケティングを担当していたのは古澤明仁という人物だ。古澤はLogicoolとeスポーツの関係を密接にした立役者で、2016年にeスポーツの大会やイベントを手がけるRIZeSTの創設に参画。
現在はその経営者として辣腕を振るいながら、JeSUにおいても重要な役割を担っている。CyberZとは共同でPLAYHERA JAPANを設立し、RAGE総合プロデューサーの大友真吾とともに大会運営ツールの普及に勤しんでいる。
インタビュー記事や講演のレポートが多々あるので探してみてほしいが、下記に主だったものを紹介しておく。
弊誌でも2017年にインタビューを行なった。Logicoolとeスポーツの関わりや歩み、さらに古澤の考え方や目指すところがよく分かると思う。自分でいま読んでも面白い。
これらから読み取れる古澤の人物像は、非常に理知的で情熱に溢れているという印象が強い。eスポーツの造詣が深く、その信頼は社内外を問わず厚い。また、今回うかがった中で、eスポーツ業界にインパクトを与えるであろう野望を秘めていることを明かしてくれた(詳細は今後の動向に注目しておいてもらいたいと書くに留める)。
そんな古澤であるが、2013年を振り返ってみると、eスポーツどころかゲームに関する知識がほとんどなかったそうだ。一度Logicoolを退職したのちに戻った際、ゲーミングカテゴリーに対して苦手意識があったとのことで、あまりにも意外な話である。
サッカーの経験をeスポーツにも
だが、そんな折に本社から「ゲーミングデバイスはeスポーツを活用したマーケティングを行なっていく」という大号令が下された。ゲーミングデバイスは古澤が管轄する領域の1つであったが、まったく未知の世界と言ってもよかった。
プロダクトの知識はある、マーケティングの知識もある、しかしeスポーツの知識がない。だから、古澤はとにかくeスポーツについて調べまくった。その中で、eスポーツの世界観がスポーツと近しく、そのマーケティングを応用できるのではと思いついたという。背景には古澤自身がサッカーをやってきた経験があり、スポーツ用品店によく足を運んでいたこともおおいに影響を与えた。
スポーツ用品店に行くと、例えばサッカーであれば人気選手の写真パネルが掲示されており、人気選手が使用しているのと同じモデルや、人気選手とコラボしたシューズが販売されている。子供にとってそれは一等の憧れアイテムだ。
また同時に、古澤は早々にLogicool Gブランドでeスポーツイベントに協賛し、ゲーマーの熱量に直接触れている。オンラインでプレイするeスポーツが、オフラインとも非常に相性がよいことを肌で感じたのだ。そこから、ユーザーにオフラインイベントや実店舗でゲーミングデバイスを体験してもらうという発想が生まれる。
ゲーミングデバイスはECで売れていた
僕が誤解していたのは、ゲーミングデバイスもその他多くの商品と同じく実店舗での売上が大半だと推測していたことだった。しかし、古澤に聞いたところ、ゲーミングデバイスは当時からAmazonを含むECでの売上が多くを占めているそうだ。
だとすれば、よりECでの売上を拡大する方向に舵を切ればよかったのではないか? そうも考えられるが、ECにはECの課題があったのだ。ECではゲーミングデバイスの使用感を体験できず、開発力に自信のあるLogicool Gの強みを直接感じてもらえない。ユーザーにしても、どこかで商品を試せる場がほしい。
その場となりうるのが家電量販店だ。そして家電量販店にも課題があった。価格競争が起きており、土地代や人件費などの販管費の差があって(価格競争では)ECに勝てず疲弊していた。リテーラーからすれば、ECにはないオフラインならではの強みを活かせる施策がほしい。
この2つの課題を組み合わせると、解決策が見えてくる。家電量販店で体験をベースとした売り場を作ることによって、価格ではない部分で勝負するという戦略だ。
コト消費(体験)の価値
最近、Bauhutteのサイトで紹介されていたゲーミングベッドがたいへん話題になった。
コンセプトと見た目の面白さが受けたのだが、実際にこれを自宅に導入しようという人はそれほど多くないかもしれない。けれど、もしこれが実店舗で展示されていて実際に体験できたり、不動産業者が賃貸物件を探している人にセットで提案したりしていたらどうか。惹かれる人は増えるのではと思われる。
こうしたコト消費、あるいは体験の価値は、いまやどんなビジネスにおいてもキーワードとなっている。ゲーミングデバイスにしても同じだ。試遊やイベントのメディアとして実店舗を活用することで、それまで接点のなかった人たちに知ってもらうのはもちろん、誰にでもゲーミングデバイスを購入前に体験してもらえるようになる。Logicoolでは地方店舗も含めて実店舗を絡めた施策を数多く行なっているという。
もちろん、例えばユーザーがソフマップのゲーミングコーナーでマウスを試してみてAmazonで購入するという行動は当たり前に起きる。けれども、そのまま店で購入する人も増えるだろう。ゲーミングデバイスを体験できる場を作ることは、ECにも実店舗にも利益をもたらすことになる。
ヒト消費(影響)の価値
古澤はまた、Logicool Gの製品をトッププレイヤーが使用している姿を見せることが大事だと力説する。それは彼がサッカー選手に憧れたのと同様に、「あの人が使っているものと同じものを使いたい」という気持ちを喚起させることが目的である。
当時、Logicool Gにそういったイメージキャラクターはいなかった。しかし、古澤はそうした人物が必要不可欠であることを確信していたので、誰かブランドイメージに合う人がいないかと探していた。その目に飛び込んできたのが岸大河だった。
岸との出会いを、古澤はLogicool Gで最も成功した取り組みの一つだと語る。それは僕自身も「岸大河しかいなかったよな」と考えを共有するところだ。たしかに、その頃の岸は現在のようにゲームキャスター専業ではなかったし、大型案件の出演もほとんどなく、スキルにしても探り探りの状態だった。ただ、自分がトッププレイヤーとして経験したシーンの熱狂を伝えたいという強い想いがあり、ほかの誰より向上心があった。
古澤は岸や協賛チームの選手をイメージキャラクターとし、家電量販店のゲーミングコーナーに写真パネルをでかでかと掲示した。彼らを知っていればファンは同じものをほしいと思うし、知らなくても「なんかかっこいい」と感じてLogicool Gの製品に惹かれるかもしれない。この手法は功を奏した。
こうしたヒト消費(影響)も、コト消費と同じようにビジネスでは当たり前の手法となってきている。インフルエンサーという言葉を用いれば、その強みは把握してもらえるだろう。いまではRazerなどほかのメーカーでも取り入れられている。
Logicoolではプロゲーマーのオフシーズンに試用を促すなど、人起点での施策にコストをかけている。そのうちの大きなプロジェクトの1つが2020年2月から始まった公認サポーターだろう。僕のタイムラインでも公認サポーターになったという人がちらほらいて、今後Logicool Gのコミュニティがさらに拡大していくのではと思われる。
なお、PCメーカーのDellではALIENWAREのアンバサダープログラムが以前より展開されており、マーケティングの文脈でもたびたび成功例として目にすることがある。
ただし、この戦略は圧倒的な質の「モノ」が前提となる。そのうえに「コト」と「ヒト」を乗せて訴求することで、よりバフがかかるのだ。
高額のゲーミングデバイスは売れるのか
理屈はこのとおりでも、前例がない状態で家電量販店にゲーミングコーナーを作るうえでまだ足りないことがある。本当に売れるのかどうか、という点だ。eスポーツやゲーミングデバイスの認知がなく、さらには、例えばマウスの平均的な価格が約2000円のところ、ゲーミングマウスはその3倍から5倍ほども高い。リテーラーにとって、こんな高額の商品が売れるのかという懸念はもっともなものだ。
古澤によると、僕が予想した「グローバルの売れ行きを家電量販店に示す」のはそのとおりだったが、ほかに2つの重要な点があった。
1つ目は、Logicoolがそれまでコンソールのパッド(家庭用ゲーム機用のコントローラー)を開発・販売していた経験に由来する。Logicoolは、人気ゲームとのコラボモデルのパッドを発売すると売上が瞬間的に急増するというデータを持っていた。家電量販店としてもその成功体験はまばゆい。
そのため、ゲーミングデバイスにしてもトッププレイヤーやインフルエンサーとのコラボや見せ方によって売上が伸びるはずだと説得が可能だった。
2つ目は、通常の売り場でゲーミングデバイスがどれくらい「よい商品」であるかを証明したことにある。その当時、家電量販店は価格競争により薄利多売に陥っていた。メーカーがブランディングを重視して安売りを避けるように、家電量販店側もできれば低額商品より高額商品を売っていくほうが望ましい。
当時、少しずつゲーミングデバイスの認知が広がっており、コーナーを設けずともきちんと訴求することで着実に売上は立っていた。その実績を見れば、ゲーミングコーナーはよりよい結果をもたらすだろうと予測できる。
こうして実際にゲーミングコーナーを展開してみると、ゲーミングデバイスの売上が何倍にも跳ね上がったそうだ。それはLogicool Gのみのコーナーでもそうだったし、さまざまなブランドが置かれているコーナーでもそうだった。
高額商品の買い替えサイクルは?
1つ気になるのは、Logicoolとして商品の買い換えサイクルをどう考えていたかだ。ゲーミングデバイスは高額で性能もよく、そう頻繁に買い換えるものではない。さらにLogicoolでは修理やサポートも充実している。古澤は2年くらいがサイクルだと考えていると話してくれたが、一方で別の戦略もあった。
それというのは、マウス、キーボード、ヘッドセットそれぞれのクロスセルを見込めたということだ。マウスは持っているからとキーボードを買いに来たとき、マウスの新製品が発売されていることを知ったらどうなるか? ついほしくなって、買ってしまう。
マウス単体で見たら2年ごとにしか売上が生まれないはずが、ゲーミングライフという観点を持つことでより頻繁に商品を購入をしてもらえるというわけだ。当然、ユーザー1人あたりのLTVも上がる。
ちなみに、この3種のうち最も売上規模と成長率が大きいのはどれだろうか。実は、ヘッドセットだという。その要因にはPCとコンソールの両方で使えること、オンラインでの協力プレイや動画視聴(大会観戦等)でのボイスチャットが日常的になってきたことなどが挙げられる。
Logitechがヘッドセットに強いAstro Gamingを買収したのは、そういう背景があったからだ。日本でも2019年よりLogicoolからAstro Gamingのゲーミングヘッドセットが発売されている。
2022年に向けて
ということで、ここまで古澤の言葉を頼りにLogicoolのeスポーツマーケティング、特に家電量販店での取り組みについて見てきた。当初の3つの疑問は氷解し、これから市場に攻め入るゲーミングブランドの戦略にも光を投げかけられたと思う。
最初に紹介したように、古澤はいまRIZeSTを率いてeスポーツの最前線で戦っている。その熱意が示すところでは、この先2年間が勝負だということ。2022年を迎えた日本では、どんなeスポーツシーンが切り開かれているのだろうか。
古澤は東京以外の仕事が活気を帯びてきていて面白いと言う。eスポーツを使って単にお金を稼ぐだけでなく、eスポーツで地域の課題を解決したいという想いに可能性を感じるからだそうだ。同じような胸の高鳴りはほかからも聞こえてくる。
多くの人がいまだeスポーツという言葉に浮かされている場合がないわけではない。けれども、eスポーツが相応のパワーを持っていなければ、人がこの言葉に浮かされることもない。何がどう進展しどんな成果をもたらすかはまだよく分からないが、その熱にあてられているのは弊誌も例外ではない。
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