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Red Bullのマーケティング哲学を知っているか? すべてが書かれた本がここにある

国内のeスポーツシーンにおいて、Red Bullというブランドの存在感は不動のものになりました。いまやRed Bullは単にエナジードリンクの一銘柄というだけでなく、シーンやコミュニティを支えてくれる心強い味方として認識されています。

レッドブル ジャパンは日本に進出した2006年以降、eスポーツを含む数々のマイナーシーンを「翼をさずける」という言葉とともにサポートしてきました。しかし、テレビCMなどの大々的なプロモーションをする傍らで、いったいなぜマイナーシーンにも並々ならぬリソースを注力してきたのでしょうか

その背景や考え方、すなわち思想が語られた本が、同社の元マーケティング責任者(CMO)で、現在は渋谷未来デザインで活動している長田新子さんによる『アスリート×ブランド: 感動と興奮を分かち合うスポーツシーンのつくり方』です。

中の人が講演やインタビューにほとんど登場することのない同社の思想が詳細に明らかにされているということで、おすすめのツイートしたところ、eスポーツ周りの方々に注目してもらえました。

eスポーツシーンではいま、ゲームやその周辺産業とあまり関係のなかった企業が続々と事業参入やスポンサーに名乗りを上げ、さまざまな動きが活発化しています。

ただし、シーンやコミュニティはもちろん、チームや選手、大会もすべてがまだまだ発展途中。スポンサー企業においては、費用をかけてサポートしてもすぐに成果を得られるとは限らないのが実情です。

では、eスポーツシーンをサポートするのはCSRのような社会貢献の意味合い、つまり売上や利益へのリターンは最初から見込めないということでしょうか。そうではない、と教えてくれるのが本書です。

そこで今回は、本書の読みどころを紹介します。eスポーツシーンをサポートする企業の方、そしてサポートされる側の方(大会、チーム、選手など)がどのような考え方を持つことがシーンや自身の成長に繋がるかを知ってもらえると思います。

※この記事では「ブランド」と「企業」をほぼ同義として使用します。

ブランドのビジョンを実現するには

長田さんはまず、日本でエナジードリンクの市場がなく、Red Bullが無名のブランドだった頃を振り返ります。

既にメジャーなスポーツやタレントなどと一過性の取り組みを行うのではなく、誰も振り向かなかったカルチャーをコミュニティごとサポートし、一歩踏み込んでかかわり続けてきたからこそ、レッドブル・ブランドは成長してきた。
プロダクトを売るためには、シーンやコミュニティづくりが重要。一見遠まわりに感じるかもしれないが、そのプロダクト自体をマーケティング思考の中心に据えるのではなく、社会や文化、人といったものを中心に考える思考回路が、ブランドのビジョンを見据え、ブランド価値を向上させるために必要であると思う。

そこで重視したのが、ブランドのビジョンをいかに実現するか。それは「翼をさずける」という端的な言葉に表れています。

短期的な成果を求めるなら、大きな影響力のあるアスリートやタレントを利用すれば手っ取り早いはず。しかし、そうするのではなく、「誰も振り向かなかったカルチャー」にいる、これから羽ばたこうとしている人たちとともに歩むことがブランドにとって大事だということです。

この思想こそがRed Bullの根幹にあります。フォロワー数や視聴率などの数字を売買するような一過性のやり取りではなく、何年も先を見込み、じっくりシーンとコミュニティ、とりわけ「人」と付き合っていく覚悟が必要です。

アスリートとスポンサーの関係作り

本書でeスポーツが言及されるのは1回しかなく、話は主として長田さんが関わってきた Red Bull Air Raceとそのパイロットでレッドブル・アスリートである室屋義秀さんとの関係が語られます。とはいえ、eスポーツの文脈に置き換えて考えられるのが本書の特徴です。

長田さんはシーンとコミュニティという枠組みへのサポートも重要だとしながら、それでも人と人の関係が最も大切だと書いています。第三者を介してやり取りするのではなく、企業の担当者とアスリートが直接コミュニケーションすることがいかにそれぞれの成長と直結するか、何度も強調されています。

例えば、アスリートが何か結果を残したら会社に招くこと。担当者もアスリートが戦う現場に赴くこと。とりわけ、担当者が自分の足と目でブランドのビジョンを合致するアスリートを見つけることが欠かせません。代理店にリストをもらって選ぶ、といったことはご法度です。

肝となるのは、そうやってそれぞれのシーンの"熱量"と向き合える人、つまりシーンからの信頼と知識を持った人物がブランドの中や近くにいるか、ということ。そうした人材を見つけてくるか、担当者が信頼と知識を得ていくことが必要だ。

なぜなら、担当者を始め企業の側が熱量を持って向き合える人物やコミュニティでなければ、本気で一緒に歩を進めることはできないからです。最近のインフルエンサーマーケティングでも、短期的な関係性は無意味だと言われるようになってきました。

僕が強い印象を受けたのは、長田さんが社内にアスリートを招くのはアスリートに会社やブランドを知ってもらうだけでなく、担当者以外の社員にアスリートとの取り組みを知ってもらうためでもあるという言葉です。

自社のブランドがサポートするアスリートについて知らないというのは、自社が扱う商品について知らないのと同じこと。それが時に、社外とのコミュニケーションにおいてなんらかの機会損失に繋がることもあるだろう。
消費者に向けて発信していくことはもちろん大事だが、社内に向けても細かに、効果的に情報を発していく必要性について常に留意していたい。

会社が大きくなればなるほど、あるいは部署が細分化されればされるほど、隣の人が何をしているのか分からなくなるのが常です。それでも業務が回るのが会社のいいところではありますが、会社としてアスリートをサポートしていることはたしかに全社的に把握し、理解しておくべきことです。

全社一丸となってあなたをサポートしていると実際に行動で示すことがアスリートと企業の関係作りにおいてどれほど有意義なことか、意外と見逃しがちではないでしょうか。

また逆に、アスリートがブランドについてしっかりと語れるかどうかも大切です。ビジョンやメッセージは当然として、プロダクトについても理解する努力をしてもらわないといけません。その理解があって初めて、アスリートは取ってつけたような言葉ではなく、自分の言葉で自然にブランドについて表現してくれるようになります。

サポートしているアスリートが普段からRed Bullを持ち歩き、出会う人にプレゼントしているという話はその体現でしょう。ただし、アスリートの本分は競技であり、宣伝活動や芸能活動ではありません。広告塔として立ってもらいたい場合でも、その点を忘れてはいけません。

実際の取り組みと支援の形

Red Bullは現在、日本のeスポーツシーンにおいてボンちゃん、ガチくん、aMSa、たぬかな、ウメハラ、けんつめしの6名を直接サポートしています。彼らはレッドブル・アスリートと呼ばれ、打ち込んでいるそれぞれのゲームタイトルにおいて中心的な存在となっています。

企業は彼らを含むプレイヤーを主役として扱うのはもちろん、主役になれる機会を作ることが必要だと長田さんは言います。マイナーシーンでは、メジャーシーンに比べてその機会を作りやすいことがメリットとして挙げられています。

eスポーツの文脈に即せば、その筆頭として大会があるでしょう。Red Bull 5Gという大会を覚えている方も多いはず。同大会は2016年にいったん終了しましたが、いまではその精神を引き継いだ大会やイベントがいくつも開催されています。

あるいは、動画などのコンテンツを作ることもあります。とにかくプレイヤー自身や彼らが関わってきたシーンとコミュニティに焦点を当て、ストーリーを掘り下げていく内容であるのが印象的です。

Red Bull 5Gのようにそうしたストーリーを一緒に作っていくこともあれば、コミュニケーションしながら探っていくこともあるそうです。本書ではフリースタイルフットボールのチャンピオンである徳田耕太郎さん(Tokura)のエピソードが紹介されています。

Tokura曰く、「練習には明かりが必要、とにかく光が欲しかった。その時見つけたのが自動販売機の光だった」。

ダンサーがビルのガラスを鏡に見立てて練習するように、彼は自動販売機の明かりの前で毎夜練習した。そして自動販売機を設置したお店「しらたきの里」の店主も彼のそんな姿を見て、応援していた。自身のルーツはこの場所で、自動販売機が自分を見守り、サポートしてくれたのだと、Tokuraは私に話してくれた。

まさに蛍雪の功です。「どんな場所からでも世界チャンピオンが生まれるということを、地元の少年少女に対して、"翼をさずけるストーリー"として伝え、街をもっと元気にできるはずだと感じた」と長田さん。このお店にはのちにキリンビバレッジとのコラボでRed Bullのラッピング自動販売機を設置し、おおいに話題を呼ぶこととなりました。

スポンサー企業といえばイベント会場やアスリートのユニフォーム、動画や生放送の画面にブランドロゴを掲出するイメージがあるかもしれませんが、それだけではほとんど意味も効果もありません。一緒にコンテンツを作っていくことが絶対に欠かせないのです。

その意味では、企業とアスリートはパートナーの関係。eスポーツにおいてもそれは変わりません。ゆえに、企業は一緒に何ができるかを考え抜く必要があり、プレイヤーやチームも企業と何ができるのかを模索して提示しなければなりません。単にロゴを出して共感してもいないメッセージを流す代わりにお金をやり取りする関係では、両者に幸せな未来は訪れないでしょう。

その時々のメディア露出という短期的なKPIのみに気を取られずに、プロジェクトとしてどのようにして指針を保つのか。私が思う答えは、自分たちでどれだけコンテンツをつくっていけるかを考えることだ。アスリートと向き合い、ストーリーを見出し、それを体現するコンテンツを通してブランドのメッセージを訴求していく。息の長いストーリーを考えていけることは、アスリートの一番の活用ポイントだ。

長田さんがこう言うように、アスリートと企業が長くつき合っていくためのキーワードはコンテンツです。

チームの課題を解決する存在として

僕も以前「eスポーツチームが最強のコンテンツメーカーになれる理由、なるべき理由」という記事を書きました。また、スポーツ業界でマーケティングを手掛けるプラスクラスの平地大樹さんと、SNSマーケティングで知られるホットリンクのいいたかゆうたさんによる議論も参考になります。

いいたか:平地さんの会社みたいなパートナーさんとかと一緒に練習に密着している様子を動画素材として集めて、それをYouTubeに上げていくのもいいと思います。たとえば、Jリーグ選手がやる遊びでやる鳥かご(サッカーの練習の一つ)ってファンの人からしたらめちゃくちゃおもしろいコンテンツだと思うんです。そういった裏側の様子をSNSで届けていくのは方法の一つじゃないですかね。

一方で、課題もあります。

平地:スポーツはコンテンツの宝庫なんですけど、まだアセットにできていないクラブが多いので、本当にそこは支援していかないといけないですね。どうしてもコストなどの問題もあって、中々手が付けられていないイメージがあります。そこの打開策があるといいんですけど。

Red Bullが実践しているサポートの形は、まさしくこの課題を解決しながらアスリートのプレゼンスを高め、ファンやシーンに貢献するものです。ほとんどの企業でプロダクトを知ってもらうための自社コンテンツを作るのに困っているでしょうから、「コンテンツの宝庫」と手を取り合うことは有望な戦略です。

それによってマイナーシーンが成長していけば、企業もその恩恵に与りながら成長していくことができるわけです。Red Bullがサポートしてきたシーンやアスリートはいまでは大きな存在感を放っていますが、それはシーンがまだまだ小さい頃から同社が足並みを揃えて一緒に成長してきたからにほかなりません。

Red Bullに学ぶスポンサーのあり方

ということで、『アスリート×ブランド: 感動と興奮を分かち合うスポーツシーンのつくり方』を紹介してきました。本書ではほかにもイベントを主催する際のポイントやマーケティングの社会的意義についての考え方、さらに有識者との対談が4本も収録されています。

対談1 室屋義秀さん(レッドブル・エアレース・パイロット/エアロバティック・パイロット)
「共鳴し、周囲を巻き込む、アスリートとブランド担当者の熱量」

対談2 木村弘毅さん(株式会社ミクシィ 代表取締役社長)
「支援を始めた企業から見たスポーツとアスリートの可能性」

対談3 金山淳吾さん(渋谷区観光協会 代表理事/渋谷未来デザイン プロジェクトデザイナー/EVERY DAY IS THE DAY クリエイティブディレクター)
「アイデアとクリエイティビティで変革できる、従来型のゴールとルール」

対談4 塚田邦晴さん(ファーストトラック株式会社 代表取締役社長)
「互いの熱量で心を揺さぶり合う、企業とアスリートの理想的な協働」

いずれも学びが多い内容で、ぜひ読んでみていただければと思います。特に、これからeスポーツシーンに関わろうと考えている、すでにスポンサーなどの形で関わっている企業の方にとっては先駆者の知見を借りられる必読の1冊ではないでしょうか。

サポートされる側、してほしい側の方にとっても、企業がどんな目線を持っているのか、どんな関係性を持つのがいいのか、自分たちが企業に対して何をすればいいのかを考えるきっかけになるはずです。

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謎部えむ
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