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整枝剪定を早く終えるためにはすべきこととは(3)~植物生理を学ぼう→どう学ぶ?~

前回の記事(2)では

1.本質的な仕事の早さは理解して初めてついてくる
2.ナシ栽培おいては「植物生理」の理解が必要だ
3.植物生理は作業をする上でおこなう思考の土台(基礎)の部分
4.万物には普遍的なルールが有り、ナシ栽培においてのそれが植物生理だ
5.全国何処でも同じナシという生物を扱っている。各地でナシの生育がそれぞれ異なるのは、各地で栽培環境が異なるため。ナシという生物そのものの生長は何処でも変わらない
6.ルールを理解をすれば作業で悩まなくなる、迷いが消えて剪定が早くなる


という話をしました。
「急がば回れ。植物生理を理解することがじつは剪定が早く出来るようになる、一丁目一番地の肝心要の基礎であり土台だよ」
と。

今回はもう少し踏み込んでみたいと思います。
さらに植物生理を理解することの重要性が伝われば幸いです。

同じ生物は同じ環境条件下ならば同じように育つ


ナシ栽培において、篤農家も普通の農家も、九州の生産者でも東北の生産者でも、試験場の研究員でも、普及員も営農指導員の先生方でも、全国誰でも必ず共有していることがあります。
「ナシ」という生物を扱っているということです。

つまり扱っている生物が同じである以上、管理面における原理・原則は一緒です。
現地の気候や土壌環境で生育の仕方が異なるため、合わせて管理方法を調整する必要があり、樹の形状や側枝配置は違ってきてしまいます。
ただそれは結果的(後天的)なもので、どこで栽培しようがナシはナシです。

だからナシがそもそもどんな生き物なのか、生態を知ることがとても重要。
すなわち先ず「植物生理の理解」が欠かせないのです。

という話(一部省略)を前回しましたが、「植物生理の理解」の理解を深めるため、さらにもう少し細かい話をしてみます。

例えば下記の図を御覧ください。
下の図は同一の品種の苗木を、3つの地域で全く同一の条件下(環境制御された施設等)で育てたときの結果です。

同じ生長をする

同一遺伝情報を持つ品種の苗木は、完全制御された同一環境下ではそれぞれ同じ生長をする

一方こちらは同一品種の苗木を、3つの地域で特に露地(環境制御をせず畑でそのまま)で育てたときの結果です。

同じ生長をしない

同一遺伝情報を持つ品種の苗木が、開放系の露地栽培で自然環境に則した栽培環境下ではそれぞれ異なる生長をする

ナシのある品種(同一遺伝情報を持つ農作物の品種)を、外界と完全に隔離された施設で、全く同じ栽培環境(温度・湿度・日照量・日照時間・かん水量・土壌など)で栽培したら、99%同じ育ち方をします。

一方で、同じくナシのある品種を、全国津々浦々の畑で普通に栽培したら、その土地のその圃場の土質に合った育ち方をします。
要は、色んな育ち方をします。

現場感がある生産者は後者の(色んな育ち方をする)ほうが当たり前と思うでしょう。
同じ地域の同じ圃場内でも生育にバラつきは生じてしまいますからね。

しかし客観的な事実として、同じナシという生物が同一の栽培環境内ならば同じように生長するという事実は絶対に変わりません(先天性)。
地域によって育ち方が変わってしまうのは、それぞれの環境が原因です(後天性)。

視察などで他都府県の篤農家の圃場を見学した後で、そちらと同じ管理をしても同じように育たない…と思う人が多いのは当然です。
なぜなら栽培環境が違いますから。

しかし栽培環境が違っても同じナシを栽培しているのは紛れもない事実です。
なので共通項が必ずあります
その共通項というのが植物生理なのです。

たとえば生長サイクル、これはどこにいっても変わりません。

・まず春先に地下部の根が動き出し、続いて地上部の芽が動き出すこと
・葉が展葉して充実するまで貯蔵養分を用いて生長をすること
・果実は初期肥大後に停滞するが、収穫近くでまた急激に肥大すること
・収穫後も葉で光合成して、貯蔵養分を蓄え越冬と来春の準備をすること

地域によって生長は異なり、カレンダーと同じ月日に生育はしませんが、この生き物としての生長サイクルはどの地域でも同じです。

つまり他産地の圃場を見ても役に立たないというのは大きな間違いです。
その地域・その圃場の特性はあるにしても、ナシという同じ植物を育てている以上、普遍的な学びが確実にあるのです。

「他産地の栽培なんて参考にならない」
もしそう思っている方がいらっしゃいましたら、直ちにその先入観を捨ててください。
繰り返しますが、同じナシを栽培している以上確実に学びはあります。
わざわざ時間とお金をかけてまで視察に出かけているのですから、貴重な機会をどうぞ無駄にしないでください。

普遍的なルールを掴むと作業が早くなるわけ

物事には原理・原則があり、ナシ栽培においても然り。
いわばそのルールが植物生理である。

大切なのはナシ栽培の礎となる植物生理の理解。
加えて、その上に立脚する各地の個性をきちんと理解すること。
そして自園の管理に落とし込んでいくことが肝要です。
すると「管理の指針」ができます。
自園のルールや自身の型と言い換えてもいいでしょう。
それが決まったら悩むシチュエーションが極端に減ります。
考えて作業の手を止めることがなくなります。
すなわち作業スピードが上がり、剪定を早く終わらせることができます。

という話(一部省略)もしました。
本当に早くなるのか、という疑問に対して根拠資料があるので紹介します。

下の図は『二ホンナシのジョイント仕立て技術の開発』より抜粋した、剪定を含む冬の管理作業の時間配分です。
ジョイント栽培と慣行栽培を比較するための図ですが、非常に参考になる数値があります。
それは「思考時間」です。
(ジョイント栽培については今回の本筋ではないので一旦忘れてください)

ジョイント思考時間

剪定では、実際に手を動かして作業している時間の他に、「思考」つまり「枝をどう切ってどう配置しようか」と考える時間も費やしています。
この図にとると、既存の4本仕立て栽培では8/46分、つまり剪定作業時間のうち17%を考えるためだけの時間で使っています。
樹の下に座り込み、上を向いて悩んでしまうあの時間…
剪定をしたことがある方なら誰しも経験があるのではないでしょうか?

何が言いたいか。
この考える時間(思考時間)をなくせば、既存の剪定時間の約2割分を減らせるということです。
考える時間をなくすとは、何も考えなくていいということではありません。
熟考を経て生み出されたパターンで、自動的に手が動くような状態にすることです。
いわば思考の型を作ることです。

野球のピッチングフォームや将棋の定石などと同じだと思います。
ボールの投げ方も、将棋の打ち筋も、プロはいい加減にやってませんよね。
論理的に考えられた型に基づいてプレイ(実践)しています。
天性の感覚だけで動いて成功している人は99%いないはずです。

かといって、そのプレイを毎度毎度熟考して行っているでしょうか。
違いますよね。ほぼ反射的に身体を動かしているはずです。
一流プレイヤーたちも、初心者のときはなかなか手足も指も動かなかったでしょう。
しかしそこで練習を重ね、思考の型を覚えて、そのロジックを理解することで自然と身体が動くようになっていきます。
結果素晴らしいプレイを瞬時に(限られた時間の中で)出来るようになったはずです。

これは梨生産者も一緒です。
剪定の思考の型ができれば、手が止まる(悩み考える)時間が減り、作業時間を短縮できるのです。
これは春以降の作業についても当てはまるでしょう。

もう一度繰り返します。

物事には原理・原則があり、ナシ栽培においても然り。
いわばそのルールが植物生理である。

大切なのはナシ栽培の礎となる植物生理の理解。
加えて、その上に立脚する各地の個性をきちんと理解すること。
そして自園の管理に落とし込んでいくことが肝要です。
すると「管理の指針」ができます。
自園のルールや自身の型と言い換えてもいいでしょう。
それが決まったら悩むシチュエーションが極端に減ります。
考えて作業の手を止めることがなくなります。
すなわち作業スピードが上がり、剪定を早く終わらせることができます。

思考の型を身につける=普遍的なルールを知る=植物生理を理解する
のがとにかく大切なのです。

植物生理を学ぶのおすすめの書籍や動画

とはいえ、
「イマイチ植物生理って概念がわからない」
「言いたいことはわかったが、じゃあどこで学べばいいのか」
「植物生理ってググったけど内容難しくて理解できない」
などと思われた方もいらっしゃると思います。

そんな方に下記の書籍やコンテンツをおすすめします。
ある程度知っている方も、学び直しや知識の整理にご一読いかがでしょうか。


1.高校生物の参考書

高校生物の参考書です。
光合成や代謝といった生き物のシステムがわかります。
誰しもが中学理科で勉強した内容と地続きなので、万人が飲み込みやすいと思います。
図が多く見やすいため、資格的に理解しやすくおすすめです。
こちらは参考書ですが、定期試験や受験のときと異なり点数を取るために読むわけではありません。
単語を暗記するような勉強ではなく、「なぜこういう現象が起きるのか」という流れを理解しましょう。

2.農業高校の教科書

農業高校の授業で用いられている教科書です。
高校生物の中ではあくまで一部分でしかなかった農作物(果樹)や、農業という生産活動自体と栽培環境の関係性について深堀りしています。
梨含めた果樹の植物生理や、栽培環境や生態系についての初歩的な知識や基本的な考え方を学ぶのに最適です。
専門書というほど専門的ではなく、まさにこれから専門分野を学ぼうとする人に向けた入門書です。

3.書籍

研究者やサイエンスライターの方が書かれた本です。
前者は植物の不思議を通じてその生態について雑学的に学ぶことができます。
後者はちょっと突っ込んだ内容で、既に紹介した高校生物や教科書の知識がないとちょっと難しいかもしれません。
とはいえ平易な言葉で書いてあり、植物体内で起きている現象を理解するための入門書としては最適だと思います。
化学式も登場しますが、文脈がわかれば飛ばしても大丈夫です。

4.動画

本よりも動画がいいなあ…という方にはこちらがお薦め。
CMでもお馴染み「家庭教師のトライ」のYoutubeチャンネルです。
授業形式で講師の方がわかりやすく説明してくれています。
流し見でいいので先ずは見てみてください。
植物栽培に携わった方は「あの現象にはこういう理屈があったのか!」という気づきが一度あると、視聴が止まらなくなります。
こんなに良質な授業がネットで無料で見られるなんて本当に良い時代に成りましたね。

5.(番外編)あんまり読まないほうがいい本

具体的な本の紹介は避けますが、
『植物生理学』とか『果樹園芸学総論』みたいな、大学の講義で使われるようなハードカバーの、中身も外見も「カタそうな」本は先ずは手に取らないほうがいいでしょう。
正直、ちょっと何書いてあるかわかんないと思います(©サンドウィッチマン)
図書館や書店の専門書コーナーに並んでいますし、知識が伴えば学びが多いのは確かなのですが、入門書ではありません。


以上植物生理の理解の重要性について延々と解説してきたわけですが…
とはいえ、私たち生産者は日々の仕事をこなさなければいけませんし、また学びが終わるまで植物は生育を待ってはくれません。

急がば回れが大前提です。
だがしかし今この瞬間に目の前のことをこなさなければいけないのも事実です。

現場では理論と実践は並行しておこなっていかなければいけません。
そこで登場するのが「技術の型」です。
思考の型がギュッと濃縮され、落とし込まれたパッケージといってもいいでしょう。

次回以降詳しく解説していきます。
今度からは実際に圃場で手を動かす実践編です。

まとめ

1.同じナシという生物なら、同一の栽培環境内ならば同じように生長する
2.生長が各地や各圃場で異なるのは、それぞれの栽培環境が異なるから
3.生長のパターンつまり原理原則(植物生理)を理解すればどんな環境でも対応可
4.そして作業で悩む時間(考える時間)も減らすことができる
5.おすすめの本や動画の紹介

以上

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