【家康を愛した女たち】女たちの目から見た徳川家康という男
大河ドラマ以降、再度注目が集まっている徳川家康ですが、同じ時代を生きた戦国武将たちと比べるとそこまで人気がある人物ではないという印象があります。私の中では健康志向で長生きしたおじいさんというイメージ。
しかし、「家康を愛した女たち」を読んで、徳川家康のイメージは大きく変わりました。実は幼い頃から苦労してきた人物で、誰よりも戦のない太平の世を望んだ人だったんですね。
「家康を愛した女たち」は、7人の女性の語りで物語が進行していく連作短編小説です。登場するのは、家康の祖母、正妻、母、側室、孫、豊臣秀吉の正妻、そして家康がその素質を見出したと言われている家光の乳母の春日局です。
幼少期から晩年まで家康を近くで見ていた女性たちの目を通して語られる徳川家康の一生は、歴史書や家康が主人公の小説とはまた違うおもしろさがありました。何より文章が読みやすく、人間関係や時系列がわかりやすいのがよかったです。家康自身、何度も名前を変えているので、どの時期にどんな理由で名前が変わったのかが理解しやすいようになっているのは助かりました。日頃あまり歴史小説を読まないという人でもとっつきやすい内容になっていると思います。
華陽院/家康の祖母
まず最初に登場するのが、家康の祖母・華陽院です。生涯で5人の武将に嫁いだ人で、幼少期の家康を育てた人でもあります。女子供が戦の際の人質だった戦国時代では、敵対する家に妻や子供を送り込むことで戦が起きないようにしていました。しかし、裏を返せば、一度戦がおきてしまうと人質の命は危なくなります。そして敵対してしまうと妻は離縁されて実家に帰されてしまうのです。実家に帰ってきた女たちは、また新たな政治の道具として他の家に嫁がせられることも少なくありませんでした。
幼い頃の家康も、人質として敵地で少年時代を過ごします。そんな家康を育てたのが、出家して尼寺に身を寄せていた祖母でした。家康が元服し、妻を娶るまでの様子が祖母の目線で語られています。
築山殿(瀬名姫)/家康の最初の正室
次に登場するのが、家康の最初の正室・瀬名姫です。晩年に住んでいた場所の名前を取って、築山殿と呼ばれていることが多いようです。意外にも、瀬名姫の視点から語られる家康は冷血な人間でした。瀬名姫は今川義元の親族だったのですが、家康は義元が織田信長に負けた時に今川を裏切って織田側についちゃうんですね。これによって瀬名姫は奥さんだけど敵方の人間ということになってしまいました。
戦国時代では、戦の状況によって身内も敵になってしまうというのは珍しくなかったようです。そしてこうなると、妻は離縁して実家に帰し、後継ぎとなる子供だけ家に残すのが普通だったんだとか。しかし、瀬名姫は家康が今川を裏切り、自分をないがしろに扱ったことが許せなかったようです。だから瀬名姫の目から見る家康は冷たい男として語られているんですね。その後、家康は瀬名姫と自分の子供を殺すことになるので、そりゃ恨まれても仕方ないとは思いますが……。
於大の方/家康の母
次に登場するのは、家康の母・於大の方です。ここで祖母と瀬名姫と同じ時期の家康を見てきた母の視点が入ることによって、家康の行動を多角的な視点で見ることができました。特に瀬名姫がブチギレていたあれやこれやは、母の目から見ると家康の苦肉の策だったことがわかります。これもどこまで史実かはわかりませんが、誰かひとりの目だけを通して物事を語るのは危険だなと思いました。
北政所(お寧)/豊臣秀吉の正妻
その次の章では、なんと家康の近くにいた女性ではなく、豊臣秀吉の正妻・お寧の視点で家康が語られます。関ヶ原の戦いまでの知識があいまいだったので、秀吉の天下から家康の天下に移る詳細を知ることができたのは助かりました。秀吉、途中までは出世街道を爆進するエリート武将だったのに、晩年はだいぶおかしくなっちゃってたんですねぇ。そんな秀吉を冷静な目で分析するお寧さんがかっこよかったです。
そして敵方から見ても魅力的に見えたという若き日の家康がどんな姿だったのか気になり始めました。家康は、晩年も不思議な色気があったと語られているんですよね。妻や側室だけでなく、部下や敵方の女たちにも人気の家康、この辺りは本当のことだったのでしょうか。
阿茶局/家康の側室
次に登場するのは、家康の側室・阿茶局です。元々は武田信玄側の人間でしたが、戦で夫を失い、幼い子供と一緒に路頭に迷いかけたところを家康に見いだされたようです。家康の周囲には同じような事情を抱えた女性が多く召し抱えられていたといいます。
阿茶局の目線で語られるのは、家康と孫娘・千姫との関係性です。長生きした家康は、子供たちだけでなく、孫の人生においても大きな影響力を持っていたようですね。そしてわりと孫にも好かれている。でもこれって、息子からしたらやりづらいだろうなとも思いました。二代将軍・徳川秀忠の影が薄めなのは、家康が長生きだったことが原因かもしれません。しかも恐妻家だったようですし。
徳川和子(和姫)/家康の孫娘
家康の孫娘はもうひとり登場します。天皇家と将軍家の橋渡し役として帝の妻となった徳川和子という女性です。この和子さん、肝っ玉が太くてかっこいいんですよね。超アウェーな天皇家に嫁入りし、強気な実母と妻に頭が上がらない実父からの「男の子を産め、そして徳川の血を引いた子を帝にしろ」というプレッシャーを受けながら、命を懸けて天皇家と将軍家の橋渡しを成し遂げました。将軍家の言いなりになるのではなく、ちゃんと自分で天皇家と将軍家の両方の利になる落としどころを探ろうとするところが素敵でした。これぞ良き妻という感じ。
春日局(お福)/家光の乳母
最後は春日局です。三代将軍・徳川家光の乳母として超有名な女性ですよね。もともとはお福という名前でした。いろいろあって帝と会うことになったときに春日局という名前を得たんですね。この春日局を家光の乳母にしたのが家康だったようです。家光の母は恐妻と名高いお江の方です。お江の方は、家光ではなく弟の方を将軍にしたかったのですが、「武家は長男が家督を継ぐべし」という家康の鶴の一声で家光が三代将軍になりました。そして将軍となった家光を生涯支え続けたのが春日局という女性でした。大奥を豪華絢爛にしたのもこの人だと言われていますね。
もうひとつおもしろいのが、春日局には2人の息子がいたんですが、長男は家光に、次男は家光の弟に仕えていました。その結果、徳川兄弟の跡目争いに息子たちも巻き込まれてしまうんですね。武家の世の中、なかなか複雑です。
春日局の章は、よしながふみ版「大奥」(https://amzn.to/3Cak5zC)を思い出しながら読みました。あちらは「男女逆転大奥」なので、もちろんフィクションなんですが、歴史上の人物は同じように登場するので、「この人、大奥で見たことある…!」という楽しみ方ができておもしろかったです。ちなみに、私の徳川家の知識はほぼほぼ「大奥」で形成されています。性別が違うというだけで登場人物の名前や歴史上の出来事は史実に基づいているので大丈夫なはず(大丈夫ではない)。
最後に
戦国時代の物語は裏切ったり裏切られたり、殺したり殺されたり、武将は何度も名前を変えたりと複雑なことこの上ないのですが、「家康を愛した女たち」は難しくなりそうなところがわかりやすく噛み砕かれているので、楽しく読めました。
これをきっかけにもっと戦国武将のことが知りたくなったし、派生して徳川家への興味も増しています。歴史小説は数が多いので、読んでも読んでもおもしろい本が待っていると思うとわくわくしますね~!
今とは命の価値が全く違う時代に生きた人たちの物語からは、いろんな意味で刺激をもらいます。